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膝を揃えて畳んだ足がじんわりと己の体の重さに悲鳴を上げ始めている。兄なんかは普段から剣道の稽古を父につけてもらってるみたいだから正座なんて造作もない事なんだろけれど、普通の生活で正座なんてする機会ほぼほぼ無い俺にとってこれは死活問題だ。
そもそも親戚と会うときだってまだ7つの俺にはみんな甘い。たまにある親戚や父の会社の関係の人との家族ぐるみの食事会だってよくわからないままついて行っても、よくわからないものはよくわからない。それでもわからないなりにきちんとかしこまろうとしても『あら、晴ちゃんそんなかしこまって。いいのよ晴ちゃんは。こちらにおいでなさい、茶菓子をあげましょうね』なんて可愛がられる始末だ。まあ正直楽だしお菓子も貰えるからいいんだけど、こういう珍しくきちんとしなきゃいけない場で付けが回ってくるから嫌なんだ。
そういえば兄だってまだ8つなのに、親戚の人も父の会社の人も兄にはなにも言わないな。一緒にお菓子はもらうことはあっても、俺みたいにその佇まいを崩していいと言われるというよりも、きちんとした長男ですね。とよく褒められている。俺が無理していることがバレバレなのか、それとも兄はきちんとしていなければならないのか、子供の俺にはよくわからないけれど、やはりこういう場での膝を揃え背筋の伸びた兄はとてもかっこいいのだ。

「つまり、なんだ。滝真を私立に、ということか」

「ええ。滝真くんも来年三年生でしょう?高学年になる前に星渦に入っておくべきだと思って。あなたのいう庶民の感覚も大切だけれど、それよりももっと必要なのはトップに立つ器と意識を持つ事じゃ無いかしら?」

「確かに姉さんの言うこともわかっている。しかし、…ふむ」

難しい顔をして考え込む父を横目でチラチラと見ながら感覚が麻痺して行く足に、次第に落ち着きがなくなっていく。父とおばさんは一体なんの話をしてるのだろう、兄が私立?に入って、トップに立つ器が、なんだろう?
兄と八雲は二人がなんの話をしているのかわかっているのかな、隣に座る兄に視線を移して、いつもと変わらないまっすぐ伸びた背筋でまっすぐにおばさんを見つめる姿に、これはなに話してるのか理解してるなと悟った。続いて正面に座る八雲を見てみるとおばさんの言うことに同意するように頷いている。こちらも理解している、と。ならここでわかっていないのは俺だけと言うことだろうか。…でも、それも仕方ないだろう。なんたって俺は7歳だ。

「晴。自分の部屋戻っていいんだぞ」

「えっ?っう」

唐突に兄に声をかけられて肩が跳ねた。その際に痺れた足に衝撃がいき、つい声を漏らす。足が痺れて限界なことも、話の内容がまるで分かっていないことも、呆れたような顔をしている兄には全てお見通しなようだった。

「ああ、晴には難しい話だったな。部屋に戻っていなさい」

「でも…」

「晴。君には関係のないことだから気にしなくていいんだよ、あとで滝真からなんの話をしていたのか聞けばいい。外で遊んできな」

八雲が笑顔でそう言うが、それが嫌味を言われているようにしか聞こえなくてムッとする。こいつのこういうところがムカつくんだよな。父も母も、周りの大人はなんとも思っていないみたいだけど俺や兄にはわかっている、分かりづらい嫌味とわかりづらい蔑み。なんで大人にはわからないんだろう。

「晴、無理してここにいなくていい。俺の部屋からボール持って行っていいから」

「…わかった」

とても不服だったけれど、これ以上俺がここにいても話は止まったままで進まなそうだったし仕方なく部屋を後にする事にする。痺れた足にもう一度うめき声を漏らすも、みんなの視線が集まって慌てて足を庇いながら部屋を出ていく。障子を閉めて、それからぼそぼそと聞こえてくる話し声にこっそり聞き耳を立てようかと思ったけれど、八雲の言う通りあとで兄に直接聞けばいいやと思い直した。
そうと決まったら遊びに行こう!兄の部屋のボールを取りに、はやる気持ちを抑えながら痺れているせいで不自然になる歩き方で廊下を進んで行った。


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