水浅葱の夏



「あっついな…」

ジリジリと肌を焦がしていく日差しの強さに辟易とする。額にじんわりと浮かぶ汗を拭って、アスファルトの道の先にゆらゆらとたちめく陽炎をじっと見つめた。
この真夏日に駅からの巡回のバスが来るのを、庇(ひさし)もベンチもないバス停でひたすらじっと待つのは想像以上の苦行だった。もうかれこれ30分は経っているだろう、俺一人ならば一度寮まで戻っても良かったが、生憎次のバスに乗って実家へ帰るのは俺一人ではない。一度でも寮へ戻れば阿呆の弟がもう部屋から出たくない、今日は辞めて明日にしようと駄々をこねはじめる事は予想に容易かったので、先ほどから暑い死ぬ燃えると煩く隣で溶けていく晴に近くの自販機で買った炭酸飲料を与えて黙らせる他なかった。
夏休みが始まったばかりの2.3日は帰省する生徒達のために学園側もバスの本数を増やすなどの対応はしていたらしい。しかしその時期を逃してしまったために俺たちは今現在、1時間に一本のバスを待つ羽目になっている。この中途半端な時期に帰ろうとする俺たちが悪いんだが、会議やら何やらが残ってたんだから仕方ない。(晴に関しては帰って来いと言われているのもシカトして帰る気が全くなかったので問題外だ。)バスの本数を2.3日と言わずにお盆が終わる頃までは増やすべきだと思う、それが無理だと言うのならせめてバス停に庇とベンチを作ってほしい。

「もうバス来ないよ、寮戻ろう兄貴。これ以上ここにいたら干からびてしまう」

「お前はただ単に帰りたくないだけだろうが。もう少しで時間だから我慢しろ」

「あああーー暑いよー、俺もう溶けちゃう…よくそんな涼しげな顔でいられるね、本当に尊敬するお兄ちゃん」

そう言って、ついには地面に蹲ってしまった晴に嘆息する。ここまで待って寮へ戻るという選択なんてしたくなかったが、もし万が一熱射病にでもなったら厄介だ。水分は取らせているがこの暑さ、体調が悪くなってしまうこともあるだろう。蹲る晴の頭を撫でる、太陽の日差しをもろに浴びて晴の頭は焼けるほど熱くなっていた。戻るか待つか。どうしたものかと決めきれないでいた時だった。
遠くの方からエンジンの音が聞こえてきて、ハッとして顔をあげる。陽炎の先、こちらへ近づいてくる小さい影は確かに俺たちが暑い日差しの下、30分も待っていたバスだった。

「晴。大丈夫か、バス来たぞ」

「…っち。来ちゃったか…」

やはり帰りたくなかっただけか。舌を打ってだるそうに立ち上がる晴の姿に段々と可愛げがなくなっていくなと感じてため息をついた。

目の前でバスが止まる。ようやくだ、大きな音を立てて扉が開くと冷気が外まで漏れてきて、逃げ込むようにバスへ乗り込んだ。
車内はとてもクーラーが効いていた。晴の嬉しそうな声が後ろから聞こえてくる。乗客は一人もいない。どこに座ろう、どこでもよかったがなんとなく一番後ろの広い席に座ると間も無くして晴が隣に腰を下ろした。
俺も晴も荷物はほぼない。帰るのが実家とはいえこんなに身軽でいいのかというくらいだがこういうところが似たのだろう、必要最低限のものがあれば十分だ。
隣では晴が空調の効いた車内に嬉しそうにしていたが、しばらくするとこれからどこへ行くのか思い出したようで沈んだように俯いた。なんとなくその頭を撫でる、先ほどの焼けるように熱かった頭もすっかり冷えていて安堵した。


「まじで帰んなきゃダメ?ほんと帰りたくないんだけど…」

「子供じゃあるまいし駄々をこねるな。俺もついてくんだから、大丈夫だ」

「うー、お兄ちゃん」

「お兄ちゃんって…」

俯いたままの頭をさらに下げ、腰に腕を回して肩口に頭を擦り付けて来る晴にお前なぁ、と笑う。晴は離れずに腕に力を込めるばかり、大きな犬にのしかかられたかのようにバランスを崩して後手をついた。

「帰ったら母さんにちゃんと謝れるな?」

「…うん」

「逃げないでしっかりしろ、俺もフォローしてやるから」

「わかった、…ちゃんと謝るよ」

そう言って腕の力を緩めて、おずおずと顔を上げる晴。伺うように俺を見上げる晴の不安そうな瞳に微笑んでその柔らかい髪の毛を梳くように撫でた。猫のように目を細めてされるがままになる晴は緊張が解けたように身体の力を抜く。
いくつになっても、どれだけ大きくなっても、弟は可愛いものだと今一度思う。久しぶりの兄弟の時間はとても心地よいものだった。

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