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竜都さんの運転で無事に学園の寮前まで戻ってきた。途中心地よい疲れでつい眠ってしまいそうだったが、なんとか意識を保っていられたのは竜都さんが話す、加賀谷の小さな頃の話がとても面白かったおかげだと思う。
竜都さんは眠そうな俺にべつに眠ってもいいと言ったが、素直にその言葉に甘えられるほど俺は甘え上手ではなかった。加賀谷も途中何度か船を漕いでいたが結局最後まで寝ることはなかった。俺も加賀谷も変なところで不器用だと思う。

「色々連れ回してごめんね、仕事に戻らないと流石にやばいから戻るけど、今日は本当楽しかった。ありがとう二人とも」

これから仕事があるのかと思うと考えただけでも疲れるし、いろいろと大丈夫だろうかと心配ではあったが、竜都さんの顔には会議を行なっている最中の陰鬱なものはどこかへ、とてもスッキリとした顔をしていたことによかったと安堵し、同時に嬉しくも思った。

走り出す車を加賀谷と二人並んで見送って、角を曲がり見えなくなったところで踵を返して歩き始める。
隣を歩く加賀谷は一度眠そうにあくびを漏らして、夕焼けに染まる空を見上げた。


「そういえば、加賀谷は夏は実家帰るのか?」

「いや、その予定はない」

「あー、そういえばお前んとこはそうだったよな。悪い変なこと聞いて」

毎年加賀谷が夏は実家に帰らずに寮に残っていることを思い出してつい謝る。
昔から加賀谷は実家にあまり帰りたがらないし実家の方からもうるさく言われることはないみたいだった、唯一毎年正月だけは帰省するようだったが三が日が過ぎればさっさと寮へ戻ってくる。詳しくは聞いたことはなかったが、加賀谷家も何かと大変らしい。親との折り合いがあまりよくないという話は聞いたことがあったが実際はどうなんだろうか、わからない。ただそのことについて加賀谷は自分から話そうとはしなかったし俺も加賀谷に聞こうとはしなかった。別にお互いの家のことなど、今まで気にした事もなかった。
ふと隣から向けられる視線に気がついて振り向く。何が言いたいのかわからない加賀谷からの無言の圧力に、居心地が悪くて顔を顰めた。

「…なんだよ。」

「お前は?」

「は?何が」

「お前は帰るのか、実家」

「あー、」

五年以上付き合って来たが加賀谷という人間が未だにいまいちわからない。真顔で何を聞いてくるかと思えばそんな世間話かよ、少しくらい笑えばいいのに。笑わないにしてももう少し雰囲気を柔らかく…頬を緩めさせて眉とか少し上げてみたり。そんな感じで勝手に加賀谷の笑った顔などのいろんな表情を思い浮かべて、本当に加賀谷がこんな表情豊かだったら気持ち悪いなと思い直す。加賀谷は今のままで十分だな。

「面倒だから年末に帰ればいいと思ってたんだが、晴が母親とずっと喧嘩してるみたいで連絡もとってないらしい。一昨日連絡あったんだよ、必ず連れて帰ってくるようにって」

一昨日の夜母親から掛かってきた電話を思い出してげんなりする。
母は話が長い。一昨日の電話では晴の話から始まり父親への愚痴、それに続いて飼っている陸亀の様子を話し始めたあたりで慌ててその続きは帰ってからにしてくれと話を遮った。あのまま止めずにうっかり相槌を打っていたならばご近所さんとの噂話から家庭内での揉め事までじっくり話を聞かされる羽目になっていただろう、考えただけでも恐ろしい。
そんな俺の様子に何を勘違いしたのか、加賀谷は憐れむような目を向けて大変だな、と言った。まあ大変な事に変わりはないので訂正せずに適当に相槌を打つ。

「こればっかりは仕方ないだろ、連れて帰んなかったらあとあと面倒な事になる」

「それもそうだな。晴に課題は後回しにするなと伝えておいてくれ」

「あいつ、意外に優等生だぞ。俺の弟だからな」

「お前が問題児だから弟も心配だったんだが、それなら安心だ」

ふざけやがって、馬鹿にしたようにそう言う加賀谷のケツを軽く脛で蹴ると睨まれ、仕返しとばかりに肩を押された。むっとする、やられたままも癪なのでやり返すと加賀谷もまたやり返してくる、そうやって軽い小競り合いをして、不意に辺りに夕焼けのチャイムがなったところで二人してハッとする。何をやってるんだか、お互い顔を見合わせて小さく嘆息した。寮の入り口はもう目の前だ。

「いつから帰るんだ、実家に」

「明日から」

そう答えると呆れたような目で見られて、なぜか責められてる気がして、何も言われていないのにうるせー、と言い返すよう言う。
もう夕方6時過ぎだというのにまだ日は高い、むわっとした湿度の高い熱気が、海ではしゃいで心地よい疲れが残る体にまとわりつくようであまり心地は良くなかった。
今年の夏は暑い。夏はいつも暑いが今年は特に、そう思う。まだ夏は始まったばかりだけれど。
明日俺はこの夏から逃げるように、実家に帰るのである。ひとまず俺の会長としての役割はお休みといこうと思う、…この夏が終わる頃までは。



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