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売店へと歩いていく加賀谷の後ろ姿を眺めながら、竜都さんはやけに加賀谷の扱いに慣れているよなぁと感心して視線を竜都さんに目を向けた。
てっきり加賀谷の後姿を見送っていると思っていた竜都さんはニコニコ笑顔を俺へと向けていて、少しギョッとする。

「えっと、なんですか?」

おずおずとそう訊ねると竜都さんはおかしそうに笑った。

「いや、嬉しくてさ。影也は昔からあんまり笑わないし泣いたり怒ったりすることも少なかったから前の学校でも友達が少なかったんだ」

竜都さんは加賀谷の後ろ姿に視線を移して、温かい眼差しで見守りながらも遠い昔を思い出すかのように瞳を細めて言う。
竜都さんは、加賀谷に友達は少なかったと言ったが、まあ実際少ないどころか一人もいなかっただろうなと思う。
加賀谷の後ろ姿に目を向けた。今の加賀谷とそう変わらない、初等部の頃に転入してきた小さな少年を思い出してあれと友達になれる奴なんて俺くらいだと鼻で笑う。実際高校生になった今でもあいつに友達と呼べるような奴は数える程度しかいないだろう、数える程度もいるかどうか疑問ではあったが。

昔から加賀谷は滅多に笑わないし泣いたりもしないような奴だった。かと言って感情のない人形のようなやつかと言われるとそういうわけでもない。楽しい時は顔には出さないもののもっと遊ぼうと誘ってきたり、嫌なことをされてムカついたり怒った時には自分の気がすむまでやり返す。常に無表情で、無駄に口が達者。転入して来た少年は他の同級生たちとはどこか違って大人びた雰囲気の、普通の…普通よりちょっとだけ変わった10いくつの少年だったのだ。

「影也から表情を奪ってしまったのは僕たち周りの大人のせいもあるんだ。影也たちはただ家族一緒に暮らせるだけでよかったのにね」

そう少しだけ落ち込んだような暗い声で話すのは加賀谷の両親の話だろうか、確か加賀谷の両親はまだ加賀谷が幼い頃に離婚したと聞いている。竜都さんの口ぶりから言うと当時はだいぶ揉めたのか、そしてその確執や蟠りは加賀谷の心の内に未だ残っているようだった。

「でもあいつは表情は変えませんけど、いろんな感情があります。たとえあいつの表情が無くなったのが小さい頃のいろいろだったとしても、あいつは誰のせいにもしてないと思いますよ」

転入当初はクラスメイト達も、加賀谷の無表情はまだ緊張しているだけだろうと、積極的に遊びに誘ったりもしていた。が、しかし加賀谷が誘われるのははじめの一回だけだった。(意外にも加賀谷自身はどんな遊びの誘いにも応じてた)
取っつきにくいしわかりにくいから加賀谷とは付き合いづらいとは思う。しかしそれでも俺と加賀谷は友人同士だ、岩村だっている。加賀谷には友達がきちんといるんだ。だからどれだけ加賀谷が鉄仮面だろうが、それ故取っつきにくかろうがなんも問題なんてないんじゃないかと思うんだ。
竜都さんに加賀谷は大丈夫ですよ、と笑う。あいつは転校してくる前とは違う、もう一人じゃない。


「…そっか。君と影也が友達になってくれてよかった」

そう笑う目の前の人は理事長というよりは、甥っ子を想う叔父の顔をしていた。

「影也と響の家は連絡も絶っててほぼ絶縁に近いんだけどさ、なんせ僕って星渦の理事長だから」

なにかとこっそり気にかけてきたんだよね、彼の叔父として。君みたいな友達が出来て本当に嬉しかったんだ、そう言う竜都さんは宝物の話をするみたいにキラキラと輝いていた。

加賀谷を思い浮かべる。今まではあまり似ているようには思えなかったがそれは表情のせいだと知る。顔立ちはとても似ている、それから瞳が表す芯の強さも。
加賀谷より響の方が竜都さんに似ていると感じていたのは目鼻立ちがというよりも、表情の変わり様がまさしく彼らに血の繋がりを感じさせていたのだ。きっと加賀谷の母親は響や理事長と同じように華が咲くように笑うのだろう。加賀谷のきつい目元がもう少し優しく、表情が豊かだったならばきっと響よりも加賀谷の方が竜都さんに似ていると思っただろう。それはなんだか、とても不思議な事のように思えた。


「ありがとう、影也の友人になってくれて」

「そんな礼を言われるような事じゃないです。加賀谷は俺にとっても大切な友人ですから」

こんな事、口が裂けても本人の目の前でなんて言えない。
気恥ずかしさを誤魔化すように笑うと竜都さんも釣られて笑った。

「戻った。これ、釣り。…なに微笑み合ってんだ、気色悪い」

怪訝そうな顔の加賀谷が現れてハッとする、もう戻って来たのか、先ほどまでの会話を聞かれていないかヒヤヒヤしたが特になにを言われる事もなかったので何事もなかったようにおかえりと言う。加賀谷は頷くと、釣り銭と共にペットボトルを竜都さんに手渡した。

「まって、ビールは?!」

「帰りの運転あるだろ。ダメに決まってる」

受け取った飲み物が麦茶だった事に気がついた竜都さんは珍しく少し取り乱すが、加賀谷のもっともな意見に言い返す言葉もなく、非常に残念そうな顔でうなだれた。
竜都さんがお酒を飲めば俺たちは帰ることが出来ないので申し訳ないとは思ったが今回は諦めてもらおう。
竜都さんは悲しそうな顔で加賀谷と手元の麦茶に視線を移してから、ビールについては涙を飲んで諦めたようで渋々とペットボトルを煽った。

「浅葱も、これ」

「ああ、さんきゅ」

竜都さんと同じ麦茶を受け取って、乾いていた喉を潤す。パラソルのおかげで影になっているとはいえ真夏の暑さの元で身体は気がつかない間にだいぶ水分を欲していたようだった。

「よし、遊ぼう!せっかく来たんだし、海行くよ二人とも!」

そう言って軽い足取りで海へ向かっていく竜都さん。めちゃめちゃ海楽しんでる、童心にかえってるだけか元々そういう人なのか。なんというか今日一日の竜都さんの姿は全てが意外だった。貴重な姿を見れた、竜都さんのファンの生徒が知ったらどんな反応をするだろうか。きっと彼らが竜都さんのこんな一面を知ることはないだろうと思うとなんだか優越感に似たものを感じたのは秘密である。

砂浜をかけていく。
腕を引っ張られ再度海に投げ飛ばされる加賀谷の姿に声を出して笑った。青い海がどこまでも広がっていて、降りかかる熱を解すような冷たい海水が心地よかった。


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