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青い空、白い雲。頬を撫でる風はどこからやってくるの、そう目の前の海が運んでくるのよ…。女性の声で脳内再生される台詞にふっと笑う。
俺は一体ここで何をやっているんだろう。白い砂浜に敷いたビニールシート、組み立てられたパラソルの下で膝を立て手を後ろについて、目の前に広がる実に広大な海を眺めながらぼーっとする。人で溢れかえる此処は、まさに海水浴場であった。
つい1時間ほど前には確か俺は学校にいたはずだ。思った以上に長引いた会議がようやく終わり、加賀谷と共にさぁ寮まで帰ろうとしていなかったか。それがなぜ、ここに。
遠くから俺の名を呼ぶ声に視線を移す。目を向けた先には周りの視線を全て奪う、水着姿の美男子二名がこちらに手を振って向かってきていた。楽しそうに笑う男の後ろにペットボトルを片手にニコリともしない男、二人とも全身がびしょ濡れだったがそれが更に彼らの色気を掻き立てていた。

「売店行ったんじゃありませんでしたっけ、竜都さん」

「途中横道それちゃって。気がついたら僕も影也も海の中いたんだ、びっくりしたよ」

「それはおかしい、確か竜都さんに突き飛ばされた筈だったが」

むすっとしながら答える加賀谷に竜都さんは吹き出すよう笑った。いたずらっ子のように笑う竜都さんはとても楽しそうで若々しい、学園の理事長を務めているようには到底見えなかった。

「滝真くんの事も濡らしたいな、びちゃびちゃにしてあげよう」

「…勘弁して欲しいです」

「パーカーは脱ぐといい、濡れてしまうからね」

この人、本気で俺さえも海に突き落とす気だ。有無を言わせないその笑顔に加賀谷は竜都さんの後ろでただ黙って頷き、なんのフォローも入れてくれない。むしろ早く行けと言わんばかりの眼光だ、よほど自分だけ濡れたのが癪だと見える。俺はそんな二人に挟まれて、逃げ道がないことを悟り渋々と羽織っていたパーカーを脱いだ。
それに気を良くして、さあ行こうと濡れた髪をかき上げる竜都さんにゆっくりと重たいを腰を上げた。
竜都さんの身体は区分的にはアラサーとは言えとても締まっていた。普段の温厚で柔和な笑顔を浮かべる竜都さんからはあまり想像もできない、程よく日焼けしたその身体についた筋肉は意外にもがっしりとしていたのだ。首に掛かる銀のネックレスが太陽の光に反射して光っている。
その後ろから暑い、とパラソルの下に潜り込んで来た加賀谷の身体も、本当に意外なのだが、竜都さんほどではないにしろ割と筋肉はついていて流石風紀を束ねるトップだと思い知る。

「んじゃ売店行ってくるね、ちょっと横道逸れに」

「…その口実必要か?」

加賀谷からのもっともなツッコミに笑うだけで返事を返さないまま竜都さんは来た道を戻って行く。その背中を追う途中、パラソルの下でタオルを被る加賀谷に一度目を向けると珍しくも鼻で笑われた、ムカつくから後で海に投げ飛ばそうと思う。

ちなみに俺はここ最近ずっとデスクワークだったせいで元々あった筋肉はだいぶ落ちていた。運動する機会なんて授業の時と仕事の締め切り前に廊下を走り回るくらいだ、そりゃ筋肉も落ちる。とはいうものの、身長が割とある方だし何より男子高校生なのでカロリー消費が半端無い、どんなに不摂生だろうと贅肉などそんなものは一切ついていないのが唯一の救いだろうか。むしろそのカロリーたちが体育の授業だけでも筋肉へ変貌を遂げてくれていて助かっている次第である。

「ってか、竜都さん。なんでいきなりこんなとこに…ーーー」

「えい!」

えいじゃない。膝下あたりまで海水が浸ったところでその掛け声からは信じられないくらいの力で腕を引っ張られて、気がつくと俺は海に放り出されていた。コケるように海の中に手と膝をつくが割とそこが浅めのおかげで顔まで水が掛からない程度で済んだのが救いか。というか体もほぼ無傷だ、よかった。片膝をつきながら上体を正す、太ももまで浸かった海水がひんやりと心地よい。
加賀谷のやつどんだけ深くまでついて行ったのか、その状況を考えただけでも面白い。

「甘いですね、竜都さん」

「さあ、それはどうかな。甘いのは滝真くんじゃないかな」

竜都さんはそう言ってにやりと嫌らしく笑うと、抱きつくように俺の胸へと飛び込んできた。
ぎょっとする、一体何を…いやなるほど、こういう作戦だったのか。こりゃあの加賀谷でさえもびしょ濡れにさせることが出来るわけだ。
完全に油断していた俺は片膝をついたままだ。飛び込んでくる竜都さんを避けることもままならず、竜都さんを両手で受け止め、そしてそのまま体勢を崩して大きな水しぶきを上げて海水に沈んだ。
というか、俺たちは一体なにをやっているんだろう。腕に竜都さんのがっしりした体を抱えながら海の中でキラキラ輝く水疱にぎゅっと目を閉じた。

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