赤城夾は笑う



未だ少し痛む腹を抑えながら椅子に深く座った。
滝真、そう呼ばれていたあの男を思い出す。あの制服は星渦だったか。綺麗な顔をしていて、きっとどこかのお坊ちゃんなのだろう。その身のこなしや佇まいは洗礼されていた。けれども、ただの金持ちの息子かと思いきやそこに暴力に対する躊躇や戸惑いは何もない。だからといって阿呆みたいに暴力を振りかざしたりもしない、不思議な男だと思った。
そしてナイフで抉った、横腹から滲むあの赤を思い出す、あの綺麗な男に傷をつけたという事実たまらなく興奮させた。

「夾、いるか?」
「はい、なんでしょう」

自室の扉が遠慮がちに叩かれた。向こう側からかけられた声音は低く落ち着いている、この家で俺のことを敬称を付けずに呼ぶのは父だけだ。机に放っておいたナイフを畳んで引き出しにしまい込んだすぐ後に部屋の扉がおもむろに開かれた。

「久しぶりだね、夾。今帰ったよ」
「おかえりなさい、父さん。帰ってくるなら連絡してくれればよかったのに」
「いやまたすぐに発たなければならないからね。少し顔を見に戻っただけなんだよ」

そう言って少し疲れた様子で笑う父の姿にそうですか、と小さく返事をする。海外赴任をしている父は2ヶ月にいっぺんこうやって俺の顔を見に家に帰ってきて、早ければ2.3日、長ければ数週間ゆっくりしてからまた飛行機に乗って行ってしまう。この調子だと今回はそんなにゆっくりしてる暇もないのだろう、忙しいのはありがたい事だと父は口癖のように昔から言っていた。

「学校はどうだい?ほんとうに公立でよかったのか」
「毎日充実していますよ、公立も悪くありません」
「そうか…私はぜひとも星渦学園に通ってもらいたかったのだが、夾がそう言うのならいいんだろう。友達は出来たのかい」
「はい、とても良い友達が」

嘘だ、友達なんていない。俺が通う八木高には暴力と女のことしか考えられない猿ばっかりだし教師も見て見ぬ振り、我関せずの馬鹿しかいない。そんな学校で友達なんか出来るわけないし、くだらない暴力やつまらない授業の毎日に飽き飽きしているが、そんな学校よりも星渦とかいう私立の学校の方が嫌なのだ。
散々今まで縛り付けられやりたくない事をやらされて、俺は自分の人生にうんざりしていた。このまま一生俺は父の後継としての人生を送るしか出来ないのかと思うといっそのこと人生そのもの終わらせてしまいたいとさえ思った。
けれど、そんな時に父の海外赴任が決まった。俺はそこで初めて、自由を得たのだ。まさか自ら自由のカケラもない全寮制の学校などに入ろうか。生まれた時から未来が決められているような飼い犬ばかりが集まる学校なんて反吐が出る、俺はそういう奴らとは違う、俺の人生は俺のものだ。

「夾、何度も言うがくれぐれも問題は起こさないように。父さんとの約束を破ったりしないでくれよ」
「…はい。もちろんです」

生まれた時から未来が決められている、そんな飼い犬のような人生なんて反吐が出る。
父の手が頭を撫で、頼むよ。と呟くよう言われた言葉に黙って頷く。俺が笑うと父は安心したように撫でる手を引っ込めた。浮かべた笑顔と机の中のナイフ、どちらが本当の俺自身なのか、今ではもうわからなかった。

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