6



「ちょこまか逃げんなよなぁ!」
「ナイフ振り回すのやめてから言えっ」

どれくらい男の振り回すナイフを避けただろうか。
でたらめに振り回すナイフを避けるのは容易いことではなく、かすり傷も多かったが今のところ大きなダメージは食らっていない。いつまでもこうしていてもラチがあかないからどうにかしなければいけないのだけれど、近づこうにも振り回すナイフのせいでそれもうまくいかない。

そんな感じで避けつつも機会を伺っていたのだが、いい加減疲労を感じて乱れる呼吸に危機感を覚え始めた時、つい足がもつれた。

「っ、」

瞬間、男は瞳を細めて口角をにいっと上げると躊躇なくナイフを突き刺す。
崩れた体勢だったがどうにか体を捩ってそれを躱そうとするが脇腹にナイフが掠ってしまった。

「っ、」

想像以上に深いのか、焼けるように痛む脇腹を押さえつけると手はぬるりとして、視界に映った赤に舌を打つ。
男はそんな俺の様子に嬉しそうに頬を緩めるとわあ、と歓声をあげた。その視線は俺の脇腹に注がれて口元はだらしなく緩んでいる。今がチャンスか、痛む脇腹を押さえつけながらも男の隙をついて、ナイフを持った腕を蹴り上げると、いとも簡単にその手からはナイフが音を立てて地面に落ちた。

「おっと」
「俺は喧嘩をしに来たんじゃない。絡むならあっちの奴らに絡め」

これでようやく少し気が緩めるが、それでも刺されたところの痛みはおさまらない。ジクジクと脈打ち焼けるような痛みに呼吸するのさえ辛く感じ、脂汗が滲んだ。
浅い呼吸を繰り返しながら男はちらちらと俺の赤く染まったシャツを眺めて嬉しそうに笑う、もしかしてじゃなくてもこの男は頭がおかしいのだろうか。

「ねえ、人を殴るのは怖い?」

地面に落ちたナイフを拾おうともせず踏んづけて距離を縮める男は僅か数センチの距離まで顔を寄せると問いかけるように囁いた。
その瞳は暗く、どこまでも続く闇にさえ見えた。

「お前は臆病なんだね」
「な訳あるか、馬鹿かよ」

俺が臆病?まさか。
男の言った言葉を吐き捨て否定して、膝ですぐそこにある腹を思いっきり蹴り上げた。
鳩尾に入ったのか腹を抱えて蹲る男は苦痛に顔面を歪め、脂汗を滲ませているにもかかわらず、有ろう事かはは、と乾いた笑みを溢した。
やはり断言しよう、こいつは頭がおかしい。

「躊躇ないね」
「っち、馬鹿は嫌いだが、基地外はもっと嫌いだ」

蹲る男が手を伸ばす先にナイフがあるのに気がついて躊躇なくその腕を踏みつける。瞬間男の喉の奥から漏れる悲鳴に、基地外でも痛いものは痛いとわかるんだな、と嘲るよう笑った。

「滝真!」
「あ…あ?」

遠くの方から名前を呼ばれてはっとする。気がつけば少し離れたところまで来てしまったみたいで、校門の方に目を向けると先輩方がバイクに跨っている場面だった。
なんだもう終わったのかと思ったが、遠くの方から聞こえてくるパトカーのサイレンにどうやら喧嘩どころではないらしいと察する。

置いていかれたりなんかしたらひとたまりもない、バイクに跨った雅宗の俺の名前を呼ぶ声に短く返事を返してから地面に蹲ったままの男にもう一度目を向け、踏んづけたままの腕から足をどかして校門の方へ駆けていく。

もうこいつに会うこともないだろう、てか会いたくもない。


痛む腹を押さえつけながら近くまで駆けつけると、雅宗は驚いたように目を丸めて大丈夫かと心配そうな顔をしたのに気にするなと首を振った。
そういう雅宗も右頬が腫れている、殴られたのだろう。喧嘩をしに来てるんだから無傷の方がおかしいのだろうけれど、やはりこうやって痛い思いをして何にもならないのは本当に馬鹿みたいだなと思う。

急かす雅宗の後ろに急いで跨る。
程なくして発進するバイクに振り落とされないよう雅宗の腰に手を回して密着させようかしたけれど、血が着いたら申し訳ないしなと気を使って少し体を離すことにした。

景色が移り変わる。やっと終わったのか、一安心するがバイクの揺れに刺された脇腹の痛みは消えるどころか、増すばかりだった。

.

6/11
prev/next

しおりを挿む
戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -