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「おい、1年。おしゃべりはおしまいだ」

和やかな雰囲気を突如割って入ってきたのは、先ほどまでの馬鹿みたいな顔からいくらか緊張したような面持ちに変化した花井先輩だった。どうやらお目当ての人物が登場するらしい。ピリつく雰囲気に胸がざわつく。

下校時刻も大分過ぎたせいか周囲に人はいない、ただ前方にある校舎を出てまっすぐこちらへやってくる学ラン姿の生徒たちの姿を除いて。


「あいつらだ」
「おめーら、手加減はすんなよ」

草野先輩が声を低くして言う。向かってくる凶悪な面をした生徒達は何人だろうか、4…いや、5人か?
いくらかうちの方が人数では優っているが、彼らの、待ち構える俺たちの姿に狼狽もせず腹の据わった様子を見る限り、全てこちらの目論見はバレているようだ。
今更ではあるが正々堂々と正面切っていかなければならなかったのだろうか、奇襲した方がよかったんじゃないかとぐるぐる思う。
"しめる"のならばこちらが圧倒的有利でなければならないのではないか。馬鹿はやっぱり馬鹿なのか。

先ほどから下校する生徒達もそうだったが、カラフルな頭や随分オラついた態度、それから着崩した制服などを見る限りかなりこの学校は荒れているようだ。
まあ、そうでなければこう焼きを入れるやしめるなどと言った話にはならないだろう。そんな悠長な俺の考えをよそに、花井先輩が一歩、足を踏み出した。

「いくぞ。」
「続け!」

吠えるように言い放つ草野先輩の台詞に続いて皆んなが男達に駆け出す。
阿呆か、こんなところで喧嘩でもしたらすぐに通報されておしまいだろうが、やはり馬鹿は馬鹿のままなんだな。
駆け出す奴らを見送り呆れたように、殴りかかる男達の姿を後ろから眺める。そんな俺の様子を、同じく一歩出遅れた雅宗はお前な、とため息混じりに言って俺の返事を待たないまま花井先輩たちの後を追って行った。
あいつもご苦労なことだ、あんな馬鹿な先輩を持ったばかりにこんな茶番に付き合わされて。少し哀れに思う。

付いて来いとは言われたが一緒に喧嘩しろとは言われていない。社会見学はあくまで見学だ、やばくなったら俺が通報するから安心して殴り合えばいい。
雅宗のバイクにもたれながら早速前方で始まった殴り合いをただひたすら傍観し、怒声と骨と肉がぶつかり鳴る音に、なにが楽しいんだか、と小さくため息をついた。


「あんたは参加しないの?」

そう言いながら近づいてきた男に視線を向けた。
低い身長とまだあどけなさが残る顔つきは中学生にも見えるが制服からして八木高の者だとわかる、ならば俺と同じ高1だろうか。

染めていない真っ黒なストレートの髪の毛は彼の真っ白な肌と童顔を際立たせていてどこか儚ささえ感じてしまう。しかしその頬は殴り合いのせいで切れ、少し腫れていてただの通行人というわけではないみたいだ。

どうやってあの乱闘から抜け出したのか知らないが俺のところにわざわざやってきて普通に話しかけてくるってことは敵意がないってことだろうか。
探るように男を見つめるが彼はその端正な顔に少し笑みを乗せるだけでその真意はわからない。

バイクに預けていた体重を戻し、体勢を整えながら俺は別に、と言葉を続けようとした、その時だった。

「っ、!」

男が腕を突き出してそのまま横へ引いた、咄嗟に反応して地面を蹴り後ろへ飛び退くが、少し反応が遅れたせいか何かが引っかかったようにシャツの前部分が綺麗に切れた。

「外しちゃった。意外と素早いねお前」

不意をついたつもりだったんだけど。そう言って笑う男の、手の中で光る刃物に背筋が凍る。あれナイフじゃないか?まさかナイフを振り回したというのか、ちらっと後方で殴り合う先輩達に視線を向けるがナイフなどの凶器を扱ってる様子は見えない。ならぶっとんでるのはこいつだけか。よりによってそんな奴に絡まれるなんてついていない。

男に視線を戻す。綺麗な顔に手元の物騒なナイフが実にミスマッチだった。

「お前みたいな綺麗な室内飼いの犬、大っ嫌いなんだよね。壊してやるよ」

どいつもこいつも、本当に馬鹿ばっかりだと思う。
その有り余る精力を暴力に向けるのではなく学生らしくスポーツや勉学に励めばいいものを。ナイフだなんて下手したら警察沙汰だというのに、そんなことに付き合う俺も馬鹿なのだろうけれど。
ニタニタと嫌らしく笑う男に身構える。

それにしてもこの男も変なことを言う。室内飼いの犬、ねえ。ナイフを振りかぶる男から視線を外さないまま後ろへ飛び退いた。

俺にはまさしく彼自身が、彼の嫌いと言う"綺麗な室内飼いの犬"のようにしか見えなかったのだ。

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