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「…おい。何か言いたいことあんだろ、言えよ鬱陶しい」

いい加減この空気にも疲れた。なぜ俺が気を使わなければならないのか、不機嫌な様子を隠そうともせず、かと言って部屋を出て行こうともしない赤城に面倒くさいんだよ。と吐き捨てるよう言うと赤城はすかさずはぁ?と言い返してきた。

「なら言わせていただくけど誰だよあいつ。お前自分の立場わかってんの?夏休みだからって気ぃ抜けすぎなんじゃねえの」

「んなもん言われなくたってわかってる。大体お前過保護過ぎなんだよ、夏休みまでわざわざ予定合わせて来るか?普通」

「過保護過ぎ、ねえ。俺がなんでここまでするか分からせてやろうか?ばかいちょう」

そう言って唇を舐め、距離を詰めて来る赤城にばかいちょうはやめろと口を結ぶ。そんな俺なんざ御構い無しと言うように赤城は俺の座る椅子の肘掛と机に手をついて追い詰めるよう、瞳を覗き込むよう顔を近づけてくる。その距離の近さにひくりと喉が鳴った。

「なに身構えてんの?かいちょ」

「っ、そりゃ身構えんだろ」

この男の場合嫌がらせの一環でキスくらいはしてくるから嫌なのだ。そしてそれにいちいち反応してしまう俺が一番嫌だ。楽しそうに笑う赤城になんでもないように振る舞おうとするが至近距離で絡む視線に心臓が跳ねる。吸い込まれそうな赤城の瞳の色に思わず目が離せなくなり、真剣な眼差しは言葉も忘れてしまいわずか数十センチの距離に体は固まって動けなかった。

「あか、ぎ」

二人の間を流れる妙な空気に居たたまれなくて掠れる声で赤城の名前を呼ぶ、赤城は瞳を細めるとそのまま額と額をくっつけた。

カシャ
シャッターを切る音。直後身体を離して呆れたように嘆息する赤城にはぁ?と自然と声が漏れた。

「前々から感じてはいたけどお前は少し自覚が足らな過ぎ。なにこれ、チョロすぎなんだけど」

「…おい」

そう言う赤城の右手にはいつのまにか携帯が握られていて、その画面に映るのは俺の横顔だけが鮮明に移された写真だった。赤城の顔は上手いこと隠れていて見えないが、それはどこからどう見ても俺が誰かとキスをしようとしているようにしか見えない代物で顔が青ざめていく。そこでようやく赤城のしようとしていた事に気がついて口を結んでそのまま机に額を乗っけた。

「もし一般生徒に迫られて、たまたまこんな感じの距離感になってしまってそれを激写されたとしたら大問題……何やってんの?」

「…そうだな、確かに自覚は足りてなかったみたいだ。以後気をつける」

「あ、ああ。わかってくれたならいいんですよ、俺は会長の事を想って…」

「お前この部屋立ち入り禁止な、今後一般生徒の許可のない入室は一切を禁じる」

まあもともとそういうルールだったしな。顔をゆっくりと上げてパソコンの画面に視線を移す。そろそろ会議の時間だし、それまでにこれは終わらせておきたい。あんぐりと口を開けて言葉を失う赤城を尻目に滞っていた作業を開始した。

「ちょ…ちょっと待って!なんでそうなんの?!俺は会長を、」

「うるさい。作業の邪魔だ、出て行け」

「ちょっと!何拗ねてんだよ、いきなりすぎんだろ!そもそも変な男を仮眠室に連れ込むから俺はっ」

「拗ねてない。あとあの人は去年の生徒会長だ。夏休みを使って顔を出しに来てくれただけだから妙な誤解はすんな。以上、ほら出てけ」

「〜〜っ!!相変わらずあんたはぶっとんでるよ!ばかいちょう!」

「ばかいちょうはやめろ」

捨て台詞のようにそう言い捨てて生徒会室を飛び出して行ってしまった赤城。その後ろ姿を見送りながら嘆息した。
一人になった部屋でふと思うがあいつも大分変わった。初めは俺に嫌がらせしかして来なかったが最近はまるで本当に親衛隊長かのような振る舞いで接してくる。今だって俺の身を心配して、俺の自衛心を高めるための行動だろう、本当はわかってる。わかってはいるんだが…

「青春だねぇ」

「東さん…起きてるんなら声かけてくださいよ」

「いやあの雰囲気で出ていける方がすげーよ。まあお陰でなかなか面白いものは見させてもらったけど」

仮眠室から顔を覗かせる東さんは先ほどよりもずっと良い顔色でぐっと伸びをしている。そんな彼に大きくため息を吐き出した。

「赤城はそんなんじゃないですよ」

「へえ、でも普通の友達っていう感じでもなさそうだけどな」

東さんの台詞につい口を閉ざす。確かに、赤城は秋や加賀谷、岩村のように古くからの友人というわけでも、雅宗のように馬が合う友人というわけでもない。だからと言って別に敵対しているとか嫌いだとかそういうわけでもないし、ただの知り合いだとかそんなに遠いとこにいる人間でもない。多分、割と近い。俺が思っている以上に赤城は俺の近くにいる。ただ、その関係はいまいちわからないのだけれど。

「でも、あいつも大分変わったよな。転入して来た時はどうなるかと思ったけど、案外どうにでもなるんだな」

「あいつの生徒会嫌いは異常でしたからね、猫かぶりは健在ですけど」

「ああ、それでもあいつを変えたのは滝真、お前なんだろうな」

慕う者と慕われる者、いい関係が築けてる証拠だよ。
そう言って笑う東さんに目が奪われる、慕う者と慕われる者。親衛隊と会長。その関係がうまくいっている、から。

「頑張れよ、会長」

東さんは全て見透かしているような瞳で俺の目をじっと見つめた。
いろんな弱音が喉の奥で渦巻くのをぐっと飲み込むようにして頷く。大丈夫、俺は頑張れる。東さんから受け継いだこの生徒会長を必ず全うして、そして次の世代に受け渡す時には学園を少しでもいいものにして、バトンタッチするのだ。東さんのように。
かつての生徒会長は窓の外に視線を向けて真っ青な空を仰ぐ。俺はその後ろ姿を見つめて、まるで自分とは違うその伸びた背筋にゆっくりと俯いた。窓の外では蝉が自分の存在を主張するように大きな声で鳴いていた。

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