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『はー、ねみ。ちょっと仮眠室借りるわ、起きなかったら適当に声かけて』

下らない雑談や世間話を終えた頃、そう言って欠伸を噛み殺しながら人の話も聞かずに仮眠室へ入ってしまった東さんについため息を吐いたのは30分前の事だった。
現在は11時半、東さんは何だかんだいいつつも10時前からここに居座っていた。昨日夜でも遅かったのだろうか、顔を合わせてすぐから少々目の下のクマが気になってはいたがまさかわざわざ母校の仮眠室を使って一眠りなどするとは誰も思わないだろう。相変わらずのその図々しさにもはや感嘆する、拍手を送りたい。
まあ今は夏休みで俺以外の人間がこの部屋に来ることはまずないだろうし断る理由も特にないからいいのだが、これって下手したら何かと面倒なことになるやつだよな。役員どもはともかく、一般生徒に仮眠室の東さんを見られたとなると余計な噂が飛び交いそうで恐ろしい。『生徒会長、夏休み中に生徒会室デート?!お相手は元生徒会長。仮眠室にて…』とか、掲載されるとしたらこんな感じの見出しだろう。最悪だ。

「まあ、今は夏休みだし…な」

ちらほらと委員会や部活のため生徒は登校しているが一般生徒は保健室ならともかく、生徒会室にわざわざ足は運ばない。いつも悪い方に考えすぎるのが悪い癖だと一人自嘲するよう笑う。午後からは大切な会議が入っているのでそれまでは出来る限り仕事を片付けよう。東さんを起こすのは会議の時間になったらでいい、と今一度気持ちを切り替えるようにパソコンに向き合った、時だった。


「やっほー!会長元気ー?きちゃった!」

「っ、げほ」

思いっきり、力任せに開かれた扉に肩が跳ねつい噎せる。変なところに入った、涙目になりながらもいきなり現れた人物に目を向ける。そこにいたのは恐ろしいほど上機嫌な赤城だった。

「来ちゃったって…何でお前がここに…」

「なんですか、その幽霊でも見たような顔。夏休みだと会いにきちゃダメなんですか?」

「会いにって…」

「会長の予定はバッチリ把握してるんで。今日1時から会議ありますよね、会長なら早めに来て仕事でもしてるかと思ったら大当たり、わかりやすすぎだろ」

草生える、と至極馬鹿にしたように笑う赤城にカチンとくる。無駄に機嫌がいいから余計にムカつくのだがそれは計算のうちだろうか。まあいいそんなことは。それよりも、だ。

「おい、赤城…」

「あれ…香水でも付けてる?」

「香水?つけてないけ…ど……」

すんすんと鼻を鳴らす赤城につい語尾が弱くなる。
赤城が言っているのはきっと東さんの匂いだ。言われてみればそういえば、今朝東さんが部屋に入ってきた時いい匂いが薫ったのだ、しばらく東さんと一緒の部屋にいたせいか鼻が慣れてしまって全く気にならないほど馴染んでいたが、これってやばいのではないか。
赤城は俺が香水をつけない事を知っているし付けていないとも言ってしまった。どう誤魔化すか、顔にはださないもののものすごい勢いで脳を回転させて不思議そうに鼻を鳴らす赤城にほら。と髪をかきあげた。

「軽く掃除したんだ、ファブリーズの匂いじゃねーの」

「あっそうなんだ。確かに夏休み来ないと埃もたまるよね」

わかるわかる、となんの疑問も抱いた様子もないまま赤城はソファに腰を落とした。ひとまずは誤魔化せたみたいだ、よかった。兎にも角にも、どうにかして赤城をこの部屋から追い出さなければ。いつ東さんが起きてくるか、もしくはいつ赤城が東さんの存在に気がつくかわからない。
素直に事情を説明する事も考えたが、それはどうなのだろう。いや待てよ、隠しててバレた時の方が悲惨な結末になりそうじゃないか?それならば初めから素直に話しておけば波乱も起きまい。よし、そうなったら早々に事情を説明せねば、とソファで携帯をいじる赤城に、なあ。と声をかけた。

「実はいま、前せいとか……」
「ふぁあ……。あの部屋で寝ると仕事に追い立てられてる感じがして寝た気しねぇんだよなぁ…」

おはよ。と欠伸を噛み殺しながら仮眠室から出てきた男に目を剥く。この男は本当に間が悪い!なんでこのタイミングなんだよ。慌てて赤城に違うんだ、と謎の訂正をしようとして口を噤んだ。それこそまるで幽霊でも見たかのような表情に俺は面倒な事になったと頭を抱える。赤城の存在に気がついた東さんは目を丸めるとだれ?と首を傾げた。お願いだから黙ってて欲しい。

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