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「……ああ、完璧だな」
「当たり前だろう。代理判も押したからこれはうちで預かっておく」
現在午前7時半。
全ての書類に目を通し終わった時には、既に風紀室にやってきてから30分が経過していた。目を通すだけでもそれだけ時間のかかる量を一晩で片付け、それも完璧に仕上げるなんてどんなバケモンだ一体。と大変失礼極まりないことを考えながら不躾にジロジロと加賀谷を見つめる。
加賀谷は特に何を言うでもなく先ほど俺が差し入れたコーヒーを飲んでいる。その顔はいつもと変わらない、特に疲れた様子もなくどこか清々しい気さえする。
兎にも角にも、溜まっていた書類が半分も無くなったのだ。こんな風に他の委員にそれも風紀に助けられるなんて初めての事だった。申し訳ないような、ありがたいような、情けないような、そんな複雑な気持ちが渦巻き俺は自然と視線を落とす。
加賀谷はそんな俺なんて全く気にかける様子もなく、一度俺の名を呼ぶと腰掛けていた椅子から立ち上がった。
「行くぞ」
「は…?どこに」
「どこでもいいが…図書室がいいな、筆記用具と教科書はあるか」
「筆記用具はあるが…教科書はないぞ」
「なら貸す。いくぞ、時間が惜しい」
加賀谷は机の脇にかけてあった鞄を肩にかけると部屋の戸締りを確認し始めた。まて、全く話が見えないんだが。図書室へ行くと言われても何をしに行くのかわけがわからないし、こんな朝っぱらから見回りか?いや、にしても教科書を持っているか否か聞くと言うことは、もしかして。とそこで初めて加賀谷の意図に気がついて目を丸める。
いいから早くしろ。と急かす加賀谷。俺は言いたいことすべてを飲み込んで、静かに加賀谷の後ろについていく事にした。
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「このXを代入するとこうなるだろ、そうするとこっちもこう代わる。それがわかったらあとは解いて行くだけだ」
「なるほど…わかった」
静かな図書室でシャペーンがノートの上を走る音が心地よく聞こえる。朝のホームルームも始まる前のせいか人はいない、司書さんもまだ姿は見えず心地よい静寂が二人を包む。
どういうわけか加賀谷による授業が始まりしばらく経ったが、初めは訝しく感じていた俺も段々と素直に授業を聞こうと意欲的になっていた。
そもそも授業に出ていないせいで基礎もあやふやな上、試験に対する山を張る場所もわからない。一人で勉強するにも教科書一冊では心許なかったのだ。しかも仕事が溜まっていたわけだから勉強する時間もなかった。
加賀谷が仕事を手伝ってくれて、しかも試験の張るべき山も教えてくれるとなるともはや感謝の念しか浮かばない。少々不気味ではあるが、もともと風紀と生徒会の役員でなければ初等部から続く普通の友人同士ではあるのだ。今回ばかりは素直になろうと思う。
「加賀谷、助かる。ほんと」
「…そう思うならしっかりしてくれ」
「ああ…悪い」
困ったというように鼻から息を吐く加賀谷に返す言葉もない。
「今日からテスト期間だがどうする。俺は別に構わねぇが」
「…ああ」
何を、とは言わないがきっと今後の勉強についてだろう。テスト期間中は授業は自習になり、午前で学校も終わる。午後は勉強に当てるように、との配慮だが大体の生徒は遊びに費やしていた。まあクラスSの生徒は例外だが。
「なら、いいか?聞きたいところがまだあるんだ」
「構わないと言ってるだろうが。今日はどうする、このまま続けるか?」
どうせ自習だ。とつまんなそうに言う加賀谷に頷く。今の俺に必要なのは自習時間ではなく他人による授業だ。クラスSの自習中のピリッとした空気も嫌いではないがあれは少々疲れる。それにわからないところを聞けるような雰囲気でもないのだ。なら図書室で加賀谷にわからないところを教わった方がマシだろうと加賀谷に頭を下げた。そうして、今一度ノートに向き合うのだった。
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