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「影也。聞いてたの、今の」
加賀谷が生徒会室を出たすぐ、廊下の壁に寄りかかり待ち構えるよう腕を組む岩村がいた。
加賀谷は眉をあげると岩村、と彼の名を口の中で呟く。随分酷い顔をしている、と生徒会室に踏み入った時加賀谷は岩村の顔を見て思った。顔色は悪くいつもの余裕などどこにも見あたらない。
岩村は苛立ったように舌を打ち、あいつ…と恨めしそうな顔で生徒会室の扉を強く睨みつけるのを、加賀谷はじっと見つめていた。
「まじでむかつく…なんであいつが…」
「嫌いな奴と喧嘩するのはいいが、お前が生徒会に入った目的はなんだ?赤城も言ってただろう、自分の目的を見失うんじゃねえよ」
「は…、余計なお世話だよ。目的なんて…はじめから俺には……。」
「そうか」
吐き捨てるよう言う岩村に、加賀谷は特に表情を変えずに、話すことは何もないと止めていた足を動かし歩き始めた。
残された岩村は加賀谷の後ろ姿から視線を外し俯く。
わかっていた、それぞれの道に進んだあの時からいずれ俺たちの関係は崩れてしまうのではないかと、恐れるその日がいつか来てしまうのだとわかっていたはずだった。岩村は苦しくなる胸の内をどこに吐き出せばいいのだと強く口を噛む。
親友二人は前を見ている。俺ばかりがあの頃に戻りたいと、駄々をこねているのだ。
「ちくしょう…」
学園なんてどうでもいいと叫びたかった。俺はただあいつらと、影也と滝真と3人でまた…。
「龍生…大丈夫か?」
「…巡流」
生徒会室から出てきた響は後ろ手で扉を閉めると、はっとしたような顔で岩村に駆け寄った。岩村は大丈夫だと言うようにへらっと笑みを見せるがその表情は痛々しく大丈夫なようには到底見えない。響は顔をしかめると、おもむろに岩村の頭に手を置いた。
「…なぁに。どうしたの、巡流」
「泣きそうな顔してる。何か、辛いことあったんだろ」
「…そんなこと」
「いいよ。何も聞かないから」
よしよし、と子供の頭を撫でるように響は岩村に笑いかけた。戸惑う岩村はどうしたらいいかわからなくて俯く。
身長が190近いある岩村の頭を撫でるのは至難の技だったが目の前の響はつま先を伸ばしてかろうじて頭を撫でている。それに気がついた岩村は少し目を丸めると、ふふっと口から笑みを漏らした。
「な、!笑うなよ」
「いや…頑張ってるから…ありがと…ははは!」
「笑うなって!!」
響と戯れながらも、岩村は加賀谷の言葉を思い出していた。
生徒会に入った目的を見失うな。確かに俺はランキングで選ばれて、生徒会に入った。しかし、そこになんの気概が無かったわけではない。俺は俺なりに考えて、そして目的を持った。そしていつの日か学園を変えようとする滝真と、それとはまた別方向から変えようとする影也を支えたいと。二人を支え、二人の目的が達成された時、また3人で笑い合える日がくればいいと願ったのだ。
「…目的、ね」
不思議そうな顔で岩村を見つめる響。
岩村はその綺麗な金髪に手のひらを乗せ、笑う。はじめっから付け焼き刃の目的なんて意味もない、彼らにとって俺の支えなど必要なかったのだ。現に彼らは立派にやっている。取ってつけたようなそんなもの…もはやなんの価値もないだろう。
岩村はもういいや、と呟いて響の首に顔を埋めた。響は少したじろいだが、当初の自身の目的を思い出す。風紀に籍を置く自分に与えられた使命を忘れてはならない。
響は自分の気持ちに蓋をするよう口をきゅっと結んで、岩村を静かに受け止めた。
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