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「あれ、会長…、?」

「よかった、よかった…!」

次第に意識がはっきりとしてきたのか、不思議そうな顔で俺と響の顔を見比べる戸際に呑気なやつだと大きなため息を吐き出した。
涙声で戸際の名前を呼び続ける響に、戸際は困惑したような表情をして、助けを求めるように俺に目を向けた。

「え……いや、あの。会長、この人誰ですか?」

「…響だ」

「は…えっ?!いてっ」

響の素顔を知らなかったようで目を見開き体を引く、大きくリアクションを取る戸際は頭を抑えた。急に動くからだ、と言えば謝りながらも混乱したように響を凝視する戸際に少しホッとする。よかった、これが普通の反応だよな。

「大丈夫か?」

「あ、はい。ご心配をおかけしてごめんなさい」

「そうか…なあ、目を覚ましていきなりで悪いけど、相良成とはどんな関係だ?あの未遂事件以降なにかあったのか?」

「あ…それは…すみません」

戸際は口を閉ざして俯いた。目をそらす戸際にお前な、と立ち上がり詰め寄ろうとしたところで武蔵野に腕を取られ止められた。

「会長さま、流石に今はやめとき。怪我人や」

武蔵野の制する声に口を噤み、動きを止めるが今一度戸際に向かい合った。

「…いいか、戸際。今後あいつに近づくな、これ以上問題を起こすんじゃねぇ。自分が生徒会役員という意識を持て」

「…すみませんでした」

落ち込んだように俯き呟くように謝る戸際。耳と尻尾があれば確実に垂れているだろう、その様子に胸が痛まないわけがない。しかし立場をわきまえろというのは生徒会の一員ならば理解しなければいけない事で、それをこのように直球で言う以外どう伝えればいいのだと眉を顰めた。やっかいなことに巻き込まれるな、これ以上危ないことをするなと釘を刺そうとして、咎めるような武蔵野と響の視線に気がついて口を結んだ。その二人の視線にどうしようもなく居心地が悪く、顔を歪める。
これ以上俺がここにいても空気を悪くさせるだけだ。さっさと退出しようと腰をあげる。武蔵野は何もかもを悟ったような顔で、仕方ないというようにため息をつくと、響と戸際を保健室に残して、俺の腕を取り廊下まで引っぱり歩き出した。



「なんだよ、」

「…はぁ。会長の言いたいことも気持ちもわかる。けどな、戸際くんは頑張っとるよ」

「…わかってますよ。あいつが頑張ってることなんて、知ってます」

「うん、そうやな。浅葱会長、余裕を持ちなさい。戸際くんときちんと向き合ってあげるべきだ。戸際くんに君が必要なように、君にも彼が必要だろ」

とても真剣な眼差しで俺の肩を掴み正面から俺の目を見据えて話す武蔵野に心臓がどきりとする。大阪弁はどこへ消えたのか、スラスラと滑り落ちるように出てくる武蔵野の言葉はとても綺麗に感じてしまった。
なんでも見透かしているような、そんな瞳に居心地が悪く視線を彷徨わせる。そうすれば笑う武蔵野にどうしても居たたまれなくてぐっと唇を噛んだ。

「もちろん会長も頑張ってる、いい子いい子」

「ちょっと。やめてください」

「ええやん、素直にいい子いい子されときや」

「…その大阪弁って似非か?」

「せやなーどうやろか。まあどっちでもええんちゃう?」

「…俺は、普通に喋った方がいいと思いますけど。戸際をよろしくお願いします」

このままではラチがあかない。はぐらかす武蔵野にもうこれ以上は追求しない、と首を左右に振れば任せとき、そう言ってウインクする武蔵野。
その様子に口に小さな笑みを乗せて、会釈を残して背を向けた。そうして、静かな廊下を歩き出す。

たしかに武蔵野の言う通り余裕がなかったんだろう。他人によって傷つけられたのだ、しかしその焦りを戸際にぶつけるのは間違っている。余裕を取り戻してから戸際にも自分にも向き合わなければいけないというのは、本当にその通りだ。
すみませんと謝る傷ついた様子の戸際を思い出して、少し言いすぎたかと自分の手のひらを見つめる。
次会うときは少し優しくしてやろう、そもそもあいつ怪我人だしな。


しかし、武蔵野は大阪弁ない方がよっぽど先生らしいんじゃないだろうか。
かけられた言葉はまっすぐ突き刺さった。見ていないようで、しっかり見ていた。この学園の教師はロクでもない奴ばかりだと思っていたが、案外そうではないのかもしれないな。


「会長ー!」

ふと遠くから聞こえてきた俺の名を呼ぶ声に顔を上げて足を止めた。前方からやってくるのは清原と加賀谷だ。


合流した清原が言うには、先のトラブルについてこれから色々とやる事があるらしく生徒会の協力も必要とのこと。
ついでにこの昼休みの時間を使って、今日起こったトラブルの整理もしたい、そういうわけで出場予定だった午後の決勝は俺も清原も欠場でいいかという事らしかった。代打は佐野ともう1人クラスメイトに任せたとも。

なんとも慌ただしい事態に、仕方ないかと息をつく。戸際はしばらく休ませるつもりだし岩村もせっかく決勝まで上がったんだ、仕事は俺が引き受けるから最後までやればいい。来るかどうかはわからないが一応、北条と響には連絡を入れておこう。
加賀谷が手に持つポイに、なんだそれ?と訊ねれば球掬いを途中で抜けてきたと不貞腐れたように答えるもんだからつい笑ってしまう。
大会は難しいかもしれないが、球遊びくらいまたみんなでなんていくらでもすればいい。それが、いつにかるかはわからないけど。

こうして最後の球技大会は、大会途中退場という形で幕を閉じたのであった。

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