閑話:球掬い



どの競技も決勝を目前として一時休戦という形で昼休みに突入した。
がやがやと、それぞれ食堂へ行くなり教室へ戻るなり生徒たちが騒がしく移動する中で、俺は1人体育館の壇上の前で腕を組みそれを眺めていた。

「佐野さん、そろそろ」

「ああ、準備を」

人もまばらになった頃、1人の生徒が耳打ちをして来たのに小さく頷く。今回の役員の1人である。
役員はその瞳にたしかに強い意志を宿しながら力強く頷くと体育館内の倉庫へ走り去っていった。


この球技大会、一見バスケやサッカーが花形のように見えるが実際は違う。いや、それらは表の目玉、と言えるだろう。しかし決勝を残して休み時間へと突入する、この時間。毎年密かに行われている知る人ぞ知るこの競技は、裏で賭けなんて事も行われている…正に球技大会の裏の目玉。
そしてそんな目玉、毎年憧れていた取り仕切る立場に、今年念願叶ってなることが出来たのだ。
名誉だ、これほどまでの名誉なことがあるだろうか。今までの苦労なんて全てこの時のためにあったようなものだ。悔なんてない、むしろありがとう、今までの俺、ありがとう!

つい思い耽れば、目頭を熱くさせてしまって、考え込み過ぎるのは俺の悪いところだと鼻で笑う。
さて、そろそろ準備も始まる。ここから見えるだけでも大体の選手もアップが済んでるようで、試合前のそれぞれの時間を過ごしていた。

「佐野さん。準備オッケーです」

「ご苦労」

マイクを手渡す役員に目配せして下がらせる。
ついにこの時が来た。体育館内に残るのは選手も、観客も競技を知る人物のみだ。壇上でマイクを構える俺に、全員が今か今かと力強い視線を送り、その視線に俺はぞくりとした。

肺いっぱいに空気を吸い込む、マイクがその音を拾い、静かな体育館内に響いた。


「皆さま、お待たせいたしました。午前の部を経て、ついにこの時間がやって参りました。午前の部でも、午後の部でもないこの時間、知る人ぞ知る名競技…球掬いの時間でございます!」

うおおお、と雄叫びや歓声で体育館内が湧き上がる。
それに満足気に頷いて、収まるのを少し待ってからマイクを握りなおした。

「各部、各委員会の代表の方はどうぞ前まで!」

ステージには球掬いのための設備が用意されている。なんてことはない、大きめのビニールプールにたくさんの水が入れられて、数字の書かれたスーパーボールが浮かんでいるだけの簡単なものだ。
それぞれ各代表の者が、こちらで用意したポイ(和紙の張られた掬い網)を受け取りそれぞれ場所取りに勤しんでいる。会場内では応援の声が飛び交いなかなかの盛り上がり具合だ。
良い。とてつもなく良い感じだ…!前説、準備とここまでは順調に進んでいる、あとは滞りなく競技を始めることができれば多少のトラブルが起こったとしてもどうにでもなる…!よしっ俺のはっと目がさめるような実況までもう少しだ!
と、そんな感じで1人盛り上がっている時だった。役員の1人がいそいそと近づいて来たかと思うと、どうにも慌てた様子で耳打ちをしてきた。

「佐野さんっ、生徒会長がトラブルのため棄権すると今…」

「な…なんだと…?!」

そんな、まさか。
そういえば先程から見当たらない浅葱の姿に、信じられない思いで耳打ちしてきた役員に詰め寄る。
一体どういうことだ、トラブルだと…?
この球掬い、裏の目玉とされるのにはそれ相応の理由がある。
各部各委員の代表が競い合うこの球掬い、勝てば会議での立場が強くなり負ければ弱くなる、つまり今年一年の学園内での立場がこの試合で決まるのだ。
ともすれば、この学園、教師よりも権力を持つとされているほぼ同列である生徒会と風紀の優劣がこの試合によって明確にされる。ということはつまりだ、この試合結果によって今後の学園のトップが決まる。そして下っ端の俺たち一般生徒はどちらについていけばいいかがはっきりするわけだ。
隠密に行われるこの競技の裏にはそんな事情が含まれているわけなのだが…

「棄権ということは、風紀の不戦勝か…?!」

「そ、そういうことに…」

「今年もやってるね〜、ちょっとしつれーするよ」

ひょっこりと舞台の袖から顔を現した男に肩が跳ねる。観客や出場者は気がついておらず、というかあまり気にしておらずわいわいと騒いだままだ。
彼は…風紀の清原だ。なぜ清原がここに…?浅葱の棄権の話で頭が混乱しているところに、突如現れた清原が追い打ちをかけるように、綺麗な笑みを浮かべた。

「ごめーん、影也借りてくね、トラブっちゃったみたいで!あっ結果報告はしっかりね〜それじゃ各自ファイト!」

「…」

ポイを片手にビニールプールに浮かぶスーパーボールを眺めていた加賀谷は、清原に捕まると有無を言わせずに連れていかれてしまった。
そのなんとも残念そうな表情に胸が痛くなる。加賀谷のやつ、何だかんだ純粋に楽しみにしてたのか…。かわいそうに…。
体育館を出て行く2人の後ろ姿を見つめながら、風紀委員も大変だとしみじみ感じていた。


「ちょっ、佐野さん!それどころじゃないですよ!風紀と生徒会、両方が棄権って!最悪なパターンですよ!」

「へ……あ、…あっ、」

「佐野さん!」

追い立てるような役員の声が遠ざかって行く。
憧れのMC。一年生の頃から夢見ていたこの場所。俺なら最後までやり遂げられるはずだと、信じて疑わなかった。まさか、まさか、こんな事になるなんて…

「もう知らん!みなさん準備は整いましたか?!それでは元気よくー!」

「さ、佐野さんっ」

「はじめー!」

もうどうにでもなれ!選手も観客も、風紀と生徒会が棄権していることに気が付きもしない。ならばやりきってしまえ!抗議やブーイングはあとで聞く!
泣きべそをかきながら裏の目玉、球掬いの始まりの号令を思いっきりかけた。


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