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「灯」

雅宗は短く素早く御手洗の名を呼んだ。途端にしゃんと背筋が伸びる御手洗。
そこには絶対的な何かがあって、それは部外者の俺にもわかる。先輩後輩というのは伊達ではないようだ。


「…生意気な口きいてすみませんでした」

「…や、いいよ。それよりなんか言いたいことあるんじゃないのか」

先程までとは打って変わり、しゅんとしながら謝る御手洗。その変わりっぷりに面食らうが、満足気に頷く雅宗の様子を見る限りこれでいいようだ。雅宗が満足そうなら俺もそれでいい、なにより先程より静かだ。

しかし、何か言いたいことでもなければあそこまで喧嘩腰では来ないだろう。仮にも生徒会長、…いや、生徒会長だからこその喧嘩腰か?
御手洗は一度伺うように雅宗に視線を移すが、雅宗は何も言おうとはせずに口から煙を吐き出し、星ひとつ見えない空を見上げていた。
雅宗から何も言われないことを確認して、御手洗は一度呼吸を整えるように息を吐き出すと俺を真正面から見つめた。


「あんまし、あいつにちょっかいかけないでもらっていいですか」

「あいつ?…なんのことだ」

「生徒会役員が補佐代理にお熱って噂が学園に広まってます」

御手洗の台詞にぴくりと眉が上がる。御手洗の言う補佐代理とは、響巡流のことだ。
響は以前に御手洗に襲われている。未遂で済んだのは幸いだったが。
響は御手洗と、加害者と被害者とはいえ今では良い友人関係を築いていると言ってたが、まさか本当にそんな事があり得るのか。普通ならば同室者同士でトラブルが起こった場合すぐさま部屋の変更が行われ引き離されるものだったが、しかし御手洗と響の場合、事件が起こり発覚してから部屋の変更を執り行なおうとしたところ被害者本人からその必要はないとの申し出があったのだ。通常ならそれは聞き入られることはないのだが被害者の強い申し出と、その被害者が理事長の甥ということもあってその異例は認められたというわけだ。
被害者曰く、加害者と友達になりたい。とのこと。寮内での事に関しては管轄が違い、生徒会には報告書のみが届くシステムである。
詳細も知らない、被害者名も確認する暇もなかったその時、そんな阿呆はどこのどいつだと思っていたが、そうかあの馬鹿なら言いそうなことだ。
真剣な眼差しで言う御手洗に、なるほど。と思う。友達、とは響だけの一方通行な思い違いというわけでもなさそうだ。

「まあ一部の役員の話だが、間違ってはいないな」

「…あいつに危害が及ぶと考えないんすか?生徒会は今まで何人の人間を傷つけてきたと思ってんすか」

「…危害、か」

俺の返答を聞いて、目の色が変わる御手洗に雅宗も俺も何も言わない。
生徒会に関わった以上全くの無傷という方がまた難しい話のようだが御手洗が言いたいのはその事でもあり、また別のことなのだろう。
役員があいつに冷たいのと、懐いているのとではまた見方は変わる。全く違う話になるのだ。

「巡流は俺が守ります。あいつに何かあったら、例え生徒会だろうと、…ぶっ潰してやりますから」

「はい、おしまい。お前はほんとに治らないな。生徒会長様に使う言葉かそれは」

「雅宗、いいよ。御手洗の気持ちもよくわかった。響のことは俺も注意して見ておくし役員たちにも一喝入れる。それでいいか?」

納得していないような、ぶすっとした顔の御手洗に、俺にも出来ることと出来ないことがあるんだよ、と首を振る。ただ、役員達とはきちんと話をしなければと思っていたのだ。いい機会だ、明日にでも話をしよう。ついでにいい加減仕事に戻ってくれ、とも。

御手洗はそんな俺の様子に、不満そうではあるものの小さく頷いた。
それを横からあまり興味もなさそうに眺めていた雅宗はふと顔を上げると、まだ半分以上残っている煙草を携帯灰皿を取り出してそこに落とした。

「さていいかな。お巡りの気配するな。そろそろ俺たちは行くわ、滝真も早く帰んな。それじゃ」

言いたいことだけ言う雅宗にじゃあな、と笑う。
悪いな、滝真。雅宗は最後にそう一言漏らし、御手洗を連れて早々に闇に消えていってしまった。あいつ勘だけは異様にいいもんな。
路地裏に消えていくその後ろ姿を眺めながら、先ほどの御手洗の鬼気迫った様子で生徒会に対する宣戦布告とも取れる物言いを思い出していた。
あれはたとえ話ではない、本気で生徒会なんて潰してやるという目だった。雅宗の後輩というくらいだから帰宅部に所属していても何もおかしくはないと思うが、そうか、帰宅部にはああいう奴らが所属するんだな。むしろ雅宗のような友人とはいえどあそこまで甘いやつは珍しいのかもしれない。本気で潰そうと思い企む奴らが学園にはいる。

雅宗の最後の何に対してなのかわからない謝罪が、言いようのない不安を煽る。しかしここでこうしてても仕方がない。帰宅時間もこのままでは間に合わないかもしれないし早いとこ帰らなければ。
そう思い踵を返したところで、前から二台、チャリに乗ったパトロール中の警察官が走ってくる。
なんとなしに雅宗たちが消えていった路地裏に視線を移すがそこには既に人影は見当たらない。
さすが雅宗、逃げ足が速いこと。さて俺も帰ろう。もやもやとした気分のまま、小石を蹴って歩き始めた。

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