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街灯に照らされた道をゆっくりと歩いていく。
夏を目前としたすこし湿気った、肌寒い夜風が頬を撫で、ぶるりと身体を震わせた。

『疲れた顔してる。無理しすぎるなよ』

病室を出る前に俺の名を呼び、続けてそう言った秋は困ったように笑っていた。
その表情を思い出して、ふっと息を吐いて夜空を仰いだ。星ひとつ見えない曇った空はどんよりと厚く、今にも押しつぶしてきそうな圧迫感があった。
秋には隠し事はできない。何でもかんでも見透かされてしまうのだ。まるでオカンだな、と一人苦笑を漏す。身体弱いくせに人のこととなると人一倍面倒見がよくなるというか、お節介焼きと言うか。早く体調が良くなればいいけど。そんな事をぼんやり考えながら夜道を歩いていると、不意に曲がり角から出てきた人物と衝突しそうになって歩みを止めた。

「っち、邪魔だ」

「邪魔?飛び出してきたのはお前だろ、前見て…ん?」

いきなり飛び出してきたのはそっちなのに邪魔だと言われ、眉を顰めたのも束の間。俺を睨みつける、角から出てきた目つきの悪い若い男にどこか見覚えがあり口を閉ざした。それは男も同じだったようで、元々皺の寄った眉間に更にシワを増やしてジロジロと不躾に視線を寄越してくる。その姿に気分はいいものではなく、顔をしかめた。

見慣れない私服姿で睨んでくる男は同じ星渦の、ひとつ学年が下の御手洗灯だった。雅宗の後輩であり響の同室者でもある。響の転校初日にあいつをレイプしようとして結果和解した人物だ。
御手洗は片手をポケットに突っ込んだまま、一度舌を打つと何も言わずに背を向けた。

「おい、待て。お前御手洗だろ?」

「…」

「外出届は出してるのか?帰宅時間まであと1時間もないぞ、そろそろ寮に戻れ」

「…うっせーな。学園の外までトップ気取りかよ、うぜぇ」

振り返るなりそう悪態を吐く御手洗。なるほど、これは厄介そうだ。

生徒会や風紀などの主な役員決めは実質ランキング制というのもあって俺の学園内での立場は非常に確立されているものだった。何せ一位。中にはよく思わない人間もいるがそれは極小数のことで、学園の生徒の半分、否もっと…三分の二以上の生徒が俺のことを信頼し好意的な目で見ている。
俺だけの力ではないものの、支持率は中々のものだろう。そんな中でこの男、御手洗は明確な敵意を露わにし、ぶつけてくる。
久しぶりに自身に向かって吐かれた悪態に口角が上がっていくのが自分でもわかった。趣味が悪い、と言われるだろうか。争い事は苦手ではあったが、口喧嘩にしろ殴り合いにしろ、どちらが勝っているかそれで白黒つくのならば大歓迎だ。噛み付いてくる犬を蹴り落とせるのなら尚のこと。

「お前は上級生に対する礼儀がなってないようだな。犬の躾は辞めたのか?雅宗」

砂利を踏む音が暗い路地裏から聞こえてくる。御手洗は目を丸めてそちらを振り返ると、同時に暗闇から伸ばされた手によって頬を引っ張られる。御手洗の悲鳴が短く途切れ、抓り上げるように思いっきり頬を摘むその手が離れる頃には、御手洗の頬に赤い跡がくっきりと残っていた。
その後に街灯の下にひょっこりと何でもないような顔をして現れたのは雅宗だった。

「いやー悪いな、飼い主のお友達には飼い主と同じように従えって教えたはずなんだけどな」

きつーくお灸据えとくわ、と煙草を咥えながら御手洗の頭を上から押さえつけて笑う友人の姿に、短くため息を吐いた。


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