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時計に視線を落とす。時刻は午後5時を指している。
日は傾きカラスの鳴き声が、街に響き渡る鐘の音にかき消されていた。

歩道を歩く俺の脇を少年が通り抜けて行く。その後ろからは母親の少年を呼ぶ声。通り過ぎた八百屋からは威勢のいい販促の声が聞こえ、道路を走る車のエンジン音や買い物中の主婦の話し声が騒々しく感じた。

こうやって街に出てきたのは何ヶ月ぶりだろうか。外出届けを出せばすぐに出かけることは出来るのだが、学園内にはコンビニやスーパーは常設されており、生活用品は勿論雑貨用品や娯楽用品くらいならいつでも調達できる。それのせいもあってまず中々外出しようと思わないのだ。
それはきっと俺だけじゃなく、学園の生徒たちも同じ。
外出届けを出す。たったそれだけの手間をかければ簡単に外の世界へと出ていけるのに、実際に出掛ける生徒はそう多いものではなかった。
そういったこともあってうちは閉鎖的だと言われるのだ。もうすこし気軽に出掛ける事が出来れば生徒達も積極的に外の世界へと出て行くだろうか。街には様々な娯楽がある。ゲームセンターに映画館、水族館やカフェなどなど。少なくとも学園内に篭ってるよりは健全だ、もっと星渦の生徒たちは外へ出かけるべきだ。…まあ人のことなど、言えた義理ではないのだが。

「ん?…あー、っと」

交番を前に、大きな通りに出て歩みを止めた。辺りを見渡してもどうも見覚えがない、なるほど、これはすっかり目的地までの道のりを忘れている。どうしたものかと眉をしかめながら、立ち止まっていてもどうしようもないと適当に歩き始めた。

久しぶりに歩く街並みは以前とそう変わらないように思える。しかし人の記憶とは曖昧なものだ。行き慣れているはずの目的の場所でさえたどり着けない。いや、待てよ。確かこっちの道をまっすぐ行って、直ぐ右の道を行けば…

「当たり、か?」

辛うじて残る記憶を頼りに道を進み角を曲がれば直ぐ先に見えた建物。よかった、当たりだ。ほっと息をついてその建物を見上げた。
ふと、この間雅宗にかけられた言葉を思い出す。

ー…よかったら、こいよ。いつもの場所で待ってる。

冗談めかして言っていたがその目は本気だった。しかし、あいつも難しい話をいきなり持ちかけてくる。
その時は行けたら行くと言ったが、まさに今日がその、雅宗に声をかけられ指定された日にちだった。…まさか本当に来るとは雅宗も思ってはいやしないだろう。
ふっと小さく息を吐き出して、一歩踏み出した。




「よお、久しぶりだな」

扉を開けて、控えめに声をかけた。
ベッドに腰をかけて、窓の外をぼんやりと眺めていた男はゆっくりとこちらを振り返る。視線が合えば、まるで予期していたかのように特に驚いた様子も見せず男はゆっくりと微笑んだ。

「久しぶりだな、滝真」

「中々来れなくて悪いな、調子は?秋」

あき、と男の名を呼ぶ。秋は笑顔を崩さないまま、こっちこいよ。とベッドの横をぽんぽんと叩いた。
言われるがままに秋のいるベッドの近くまで寄り、近くにあったパイプ椅子にゆっくりと腰を落とした。目の前のベッドには白い清潔そうなシーツが敷かれ寝心地はやや硬そうだ。秋はすこし眉を寄せて笑うと今一度久しぶり。と言った。

「なかなか来てくれないから忘れられたかと思ったわ」

「なわけあるか。生徒会の仕事が忙しくてな…」

「…ああ、そっか。滝真、今期から生徒会長になったのか!おめでと」

「ああ、いや、めでたくもねーよ」

そう言えば秋は、めでたくない事なんかあるもんか。と言って笑った。その笑顔を見て自然と頬が緩む。秋はそう言うだろうなと生徒会長に就任する事が決まった当初から思っていた。予想通りの反応だ。暫く学園を欠席していた秋は俺が生徒会長に就任すると決まった時には既にこの病院に入院していた。実に半年ぶり、といったところか。少し痩せたんじゃないか?
昔からの付き合いで幼馴染である秋の顔を見るのはとても久しぶりの事のように思えた。


「最近は調子いいんだ、退院できる日も近いんじゃないかな」

「それは本当か?…早く戻ってこいよな」

「ああ。夏が終わる頃には」

そう言って、窓の外に視線を移す秋。その横顔はどこか憂いを帯びていて、儚げだった。
夏が終わる頃には学園に戻ってこれるのか。喜びと同時に戸惑いが混じり合い、どんな表情をすればいいのかわからなくて変な顔になる。
今の生徒会の状況を秋が知ったらどう思うだろうか。補佐である秋の代わりに補佐代理の人間がいて、その人間が入った事によって改善するどころかむしろ悪化している、なんて。まさか言えるわけがない。どうにか、秋が戻って来る前には、どうにか、どうにかしなければ。
楽しみだな、と赤く染まる空を眺め笑う秋に、今はただ静かに頷くことしかできなかった。

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