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一通り話し合えた頃、気がつけば太陽は頭の上にまで昇っていた。降りかかる暖かい日差しの下、すっかり吐き出し切った心の内は非常に軽やかであった。
人に話をしたことによって、問題点と改善策が自分の中である程度まとめることが出来たのが何よりの収穫だろう。


「まあ、なかなかの疫病神だな」

「…悪いやつじゃないんだけどな」

「そこまで亀裂入るってことは生徒会、今回は中々やばいんじゃねぇの?…もしかして俺らんとこの奴だったりしてな」

全部作戦だったら怖いな。と冗談にしては笑えないことを言ってにやつく雅宗。初めはやめろよ、と笑いながら受け流していたが徐々に雅宗の話すことは、もしやあり得るのではないかと思い始めて顔から笑顔が消えて行く。
次第に真顔になっていく俺に気がついたのか、雅宗は咥えた煙草を地面に擦り付けて火を消すと持参した携帯灰皿を取り出してそこに吸い殻を落とした。
そこで一度俺に向き合うと顔を覗き込むようにして見られる。一体なんだと身を引けば雅宗はいや、と言葉を続けた。

「うちのやつじゃないぞ?」

「なんだよ、そんなことか。…わかってるよ」

「ヒビキつったっけ?あんまり考えすぎんなよ。役員連中だっていつまでも男のケツ追いかけ回してばっかいたら流石にやばいって、そのうち気がつくだろ」

「…自分たちで気がつけば手かかんなくていいんだがな」

果たして鳥籠の中で大切に大切に育てられたあいつらが自分1人の力で気がつくことが出来るだろうか。甚だ疑問ではあったが今それについて悩むのは得策ではない。そんなことこれからわかるだろうし気がつかなければその時はその時だ、どっちにしろいつかはどうにかしなければならないのだから、その時が来たら考える。結局そんな答えに落ちついたのだった。

「あんまり無理しすぎんなよ、生徒会が壊れんのはいいけどお前が壊れるのはまた違う話だ」

「なんだそれ、励ましてるつもりか」

まあ、ありがとな。俺の言葉に喉で笑う雅宗の肩をグーで押す。なんだかんだ言って雅宗は頼りになる奴だ。さすが兄貴と慕われているだけある。こういう男がトップに立つと下がきちんとついてくるんだよな。現在の自分の状況を思い出して軽く凹むが、まあ雅宗でもあいつらを束ねるのは至難の技だろうと思い直した。


「ああ。そうだ、今度久しぶり遊びに来いよ。お前に会いたいって奴結構いるんだよ」

携帯灰皿をいじりながら思いついたように話し始める雅宗に口を噤む。なんて返事を返したらいいかわからなくて言葉に詰まる、そんな俺を見て雅宗は小さく笑った。

「来週末な、場所は変わらないから。来れそうだったら来いよ」

「…考えとく」

「お前の考えとくは行かないやらないだからなぁ」

困ったように笑う雅宗にそんな事ねーよ、と話を切り上げて立ち上がる。随分と話し込んでしまった、腕時計を確認すれば時刻は既に昼休みまで五分と切っている。
この後月に一度の風紀と生徒会の合同役員会議が入っている、遅刻でもしたらまた煩い奴らが出てくるからな。一度大きく伸びをした。

「ああ、そう言えばもうひとつあってさ。最近うちに転入して来た弟がいきなり風紀に入ったんだ」

「…へえ?」

「真面目なとこは確かにあるけど自ら立候補して委員になるタイプでもない。…あいつが考えてることがさっぱりわかんねぇんだよ」

弟ねぇ、と顎に手を置いて考える素ぶりを見せる雅宗に首を傾げる。

「なんだ?」

「いや。新聞に掲載されてたろ、あれマジだったんだな」

ああ、そういえばいつか委員長が面白いネタだとかはしゃいでたな。最近チェックしていなかったから抜けていた。余計なことを書いていなければいいが、生徒会室戻ったら確認してみよう。
隣であぐらをかきながら両手をつき、空を仰ぐ雅宗にふと視線を移した。

「雅宗?」

「…知らねえけど、それだけ成し遂げたいことでもあったんじゃねーの?」

雅宗の言う、晴が成し遂げたいこととは一体なんなのか。わからなくて、それがわかったら悩んでない、とため息をつく。

「それに。お前が知っている弟の顔が全てじゃないこと、わかってんだろ?人は誰だって大なり小なり闇を抱えてんだよ、それを忘れるなよ」

「…わかってるっつーの」

以前、加賀谷にも同じようなことを言われたことを思い出す。果たして、俺は本当にわかっているだろうか。否、わかっていない、のではないだろうか。何をわかっていないかと聞かれると答えられないが、晴のことを全て理解していると今は自信がない。

「なあ。仮に、晴が俺を守るために風紀に入ったんだとしたら何から守るんだと、お前は思う?」

生徒会の重圧だとか余計なプライバシーの侵害だとかそれらしい答えはいくらでも出てくるがどれもしっくりこない。全て俺の勝手な想像でしかないから全く見当違いかもしれないけれど。
雅宗は視線を空から俺に移して、じっと下から見つめる。絡み合う視線に、なんとなくじわりと嫌な汗を背中にかいた。

「それは…八雲さんから、じゃねえの?」

「…そうか」

その名にぶるりと身体が震えた。
情けなくて、それを雅宗に知られたくなくて視線を徐ろに外す。
もしそれが当たっていたとしたら、あいつは本当に阿呆だ。まさか当たっているとは思わなかったが万が一もある。
風紀をやめさせるべきか。否か。…いや、それは俺が決められることじゃない。晴が自分で考えて行動した結果なのだから、唯一の兄である俺がなぜそれを否定できる。黙って見守っておくべきなんじゃないのか。
不意に聞こえて来た雅宗のため息の音が、授業の終わりを告げるチャイムにかき消された。


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