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キーボードを叩く音が岩村の大きな笑い声にかき消される。画面に表示されるワードの内容は一向に進まない。気が散って仕方ないのだ。

あんな出来事が起こってから数日後の、ある日の放課後。ソファに腰掛ける響と北条と岩村は机の上に広がるトランプを囲み談笑している。それに特に何も言わずに無言で作業をする俺と不安げに俺とソファ組を見る戸際。
何度か戸際もトランプに誘われていたが参加したりしなかったりを繰り返している。仕事もしなくちゃいけないし、でも誘われるし。トランプに参加したところで俺が怒ったとしたら嫌だし。みたいなところだろう。どっちつかずで余計に癪に触る。

「ねーぇー会長もやろうよ!」

「うるせえ、俺は仕事をしてるんだ」

「親睦会も終わったし仕事も特にないでしょ?」

お前らには机の上に溜まっている書類が見えないのか。とキレそうになるのをぐっと堪える。また以前みたいに俺が一方的に悪者にされたら敵わない。
幸いこれくらいの仕事量だったら俺1人でもさばけるし今は戸際も手伝ってくれている。お前らは勝手に遊んでいやがれ、と心の中で悪態をつきながら岩村のセリフをまるっとシカトした。

「放っておけばいいじゃないですか」

「…、あっ次大富豪やろーぜ!快斗も参加しろよ!」

「い、いや…俺は…」

声をかけられおろおろする戸際は俺に視線を向ける。まるで許しを乞うかのようなその瞳に、俺は何も言わずに目を逸らした。戸際は何か言いたそうにしていたが、わざわざ机の前まで迎えにきた響が戸際の腕を取ってソファへ引っ張って行くもんだから、戸際はされるがままについていく。
その姿を一瞥して、なかなか進まないパソコンに向き合った。




「あーー、疲れた」

生徒会室、自身の机の前で大きく伸びをする。つい口から出たセリフは誰にも届かずに室内に消えて行く。
他の役員連中がさっさと帰って行ったのはつい1時間ほど前のことだった。ようやく静かになった室内でこれでやっと集中して仕事ができると安堵し1時間。そこからの仕事の進みは早かった。いない方がマシな事ってあるんだな。完成した書類の山を前に、帰宅の準備を進めつつ染み染みと思う。窓からは夕焼けが差す、とうに下校時刻は過ぎていた。

「…ん?」

不意に扉を叩く音。こんな時間に来訪者とは珍しい事もあるもんだ。誰だ、と扉に向かって声をかければガチャリと控えめに音を立てて扉が開いた。

「失礼します、風紀の見回りです」

「…晴」

小さく会釈をする弟の姿に、口を結ぶ。
その腕には風紀の腕章が。そうか、本来なら下校時間を過ぎて学校に残ることは禁止されているんだったな。普段から加賀谷が口を酸っぱくして言っている事を思い出して苦笑を漏らす。
そんな俺の様子に小さく笑う晴は久しぶり、と話し始めた。

「こんな時間まで残ってるんだ、生徒会も忙しそうだね」

「今日はたまたまだ、お前こそ放課後のこんな時間に見回りなんて大変だな」

「そんな事ないよ、委員長も他の先輩方も良くしてくれてる。楽しいよ」

そう言う晴の表情を見れば穏やかで、嘘はついてない事がわかる。清原あたりにいじめられないか心配していたんだ。ならいいんだ、と相槌を打つ。

「なあ晴。なんで風紀に入ったんだ?内申点のためか?お前ならそんな事しなくたって…」

「兄貴、ちがうよ。前に守るためって話したよね、俺が風紀に入った理由はそれだけだ」

守るって、何を?
真剣な顔をして言う晴に言葉が出てこない。そんな俺に晴はふっと笑うと少し考えるように腕を組むといや、と言葉を続けた。

「助けるって方がびんとくるかも…うん。俺絶対助けてみせるから。もう少し待ってて」

「は?助けるって…どういうことだよ」

わけがわからない。そんな言い方、まるで俺を守るため、俺を助けるために風紀に入ったという風に聞こえるではないか。
多くを語ろうとしない晴に対して苛つく。どういう事だと問い詰めようとするが、それに気がついた晴は笑みを深めただけで何も言おうとはしないのだ。

「それじゃあ、俺まだ仕事あるから。気をつけて帰ってね」

「あっ、おい…晴!」

手を振る晴はそれだけ言って制止の声も聞かずにさっさと生徒会室を出て行ってしまった。
1人部屋に残され、口を噤む。あいつ逃げたな。
一体なんだってんだ、晴は一体何を考えている?守るって、助けるって一体何から、なんのために、何を…俺を守る?
わからないことだらけで、そういえば晴とは最近普通の会話をしてないなとふと思う。
突然学園にやってきた晴。あいつには何か目的があるみたいだが、俺にはさっぱり検討もつかない。もし、俺の考えが当たっているとしたら…

「いや、ありえないだろ…」

それこそ、なんのためだ。
すぐにその考えを打ち消して大きくため息をつく。
こんなこと考えたって埒があかない。さっさと帰って寝よう、今日は疲れた。


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