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◇◆◇

side change

「しつれいしまーす…」

コソコソと泥棒か何かのように、声を潜め律儀に挨拶をしてから教室に侵入する影がひとつ。もじゃもじゃの頭に瓶底眼鏡の野暮ったい姿はよく目立つ。2年生の響巡流だった。
響は保健室内に忍び足で入室するが室内を見渡せど保健医の姿は見当たらない。はて、外出中だろうかと首をかしげるも束の間、不意に閉ざされていたベッドを隠すためのカーテンが控えめにカラカラ、と音を立てて開かれた。

「わ、すみませっ…千里?」

そこで現れたのは響と同じ生徒会の人間であり副会長を務める北条千里だった。
驚いたように目を丸める北条に響はおこしちゃった?と首を傾げ北条のベッドに腰かけた。

「めぐる?なぜここに…どこか怪我でもしたんですか?具合が悪いとか…」

「わーわー!違う違う、千里のお見舞いに来たんだよ!調子はどう?」

心配そうに響を見つめる北条に慌てて首を振る。北条は起き上がると、響の隣に腰をかけ上履きを探しながら微笑んだ。

「大丈夫ですよ、ありがとう。そろそろ仕事戻らないと」

「何言ってんだよ、まだ顔色よくなし寝てなきゃダメだろ」

「しかし…」

「しかしじゃないって。千里は無理しすぎなんだよ。わかってねぇの?」

いいから寝てろって、と立ち上がろうとする北条の肩を軽く押すが当の本人は困ったように眉を寄せるだけで素直に横になろうとはしない。
意外と頑固なところあるよな、と思いながらも北条の顔色が未だ優れないことに心配をしていた。

「無理なんて…」

「してるよ。初めて会った時から、ずうっと無理してる。」

「…」

「千里は一体何から身を守ろうとしてるんだよ、おれが千里の支えになれない?俺、千里を助けたい」

「めぐる、」

「おれの前では、もう無理しなくていいから」

おれが支えてあげる。北条の冷たい手を取り、そう呟くよう言う響に北条の瞳には自然と涙が浮かんでいた。
今までの北条は孤独だった。笑顔という仮面を被り何かから必至に身を守ろうと、逃げようとしていた。人と距離を作っていた。傷つくのが怖かったのだ。本当の自分はこんなにも狡くて、醜い。綺麗なのは見かけだけだと、そうバレてしまうのがとてつもなく恐怖だった。
常に何かから逃げていた。そんな北条にとって響の言葉はなによりも欲しくて欲しくてたまらない一言だった。自分のような弱い自分を支えてくれる人間を、響を。心の底でずっと待っていたのかもしれない。

「っ…ほんとに、あなたは…」

「せんり、」

「…僕、本当に、本気になってしまいますよ?…めぐる。僕の、支えになってくれますか?」

北条の頬に涙が落ちる。濡れたまつ毛が震えて、それを見た響はああ、なんてきれいな顔。とぼんやり思った。
俺は千里の支えになる。それがどんな意味をもとうとも。そこに誰の、どんな感情が渦巻いてたとしても。全て計算の上だったとしても。
肩を震わせる北条の腰に、ゆっくりと腕を回した。きつく抱きしめられ響は瞳を閉じる。首元に顔を埋めると、北条の匂いが強く香った。


***


「っ!」

つるりと手の中でマグカップが滑った。
直後急落下し地面に叩きつけられるよう直撃したマグは大きな音を立てて割れてしまった。大きなカケラが三枚程度と細かいのが何枚か。これでは治すのは至難の技だろう。このマグは諦めるしかない、だろうか。

「よりによってこれか…」

黒いマグは北条から誕生日プレゼントで何年か前に貰ったものだ。洗いやすい、飲みやすいで重宝していたのだが、まさか自分が手を滑らせるなど、そんな初歩的なミスをして壊してしまうことになるだなんて。
今頃保健室で休んでいるであろう友のことを思い浮かべて、すまん。と心の中で謝る。北条のやつ、あからさまに怒りはしないだろうけどねちねちと今後何ヶ月後とかまで持ち出してきそうだな。いくら言いづらいとはいえ隠すのは性に合わない上にどうせばれる。次顔合わせるとききちんと謝らないとな。
床にぶちまけられたコーヒーを拭くべく、まず散乱したガラスを摘んで袋にまとめていく。にしても、このタイミングでこれって不吉だ。

「いっ、」

ちく、と指先に鋭い痛みが走った。
見れば血が滲んでる、切ったか。考え事しながら処理なんてするもんじゃない。
滲んでくる血に絆創膏どこだっけなぁ、と切った指を口に咥えて立ち上がる。口内に広がる鉄の味は少量だ。
ふと視界に入った窓の外の景色にこの親睦会が終われば一息つくだろうかとゆったり思いを馳せた。


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