5
開いた扉に手をかけ室内を伺う。
椅子に座る保健医の武蔵野は俺の存在に気がつくとおお、と手を挙げひらひらとさせた。使用されてるベッドは一つだけのようでそれがきっと北条だろう。他に客がいないのを確認して、小さく会釈をして室内に足を踏み入れた。
「おつかれさん。生徒会の皆さま、ちょっと働きすぎちゃうん?いくらなんでも倒れすぎやろ」
「まあ、ここ最近は特に立て込んでたからな…」
それで、北条の様子は?そう言いながらカーテンの閉まったベッドの方に視線を向ける。微かに聞こえてくる寝息の音に寝てしまってるのだと察すが武蔵野はやりきれない、と言うようにため息をつきながら弱々しく首を左右に振った。やはり体調が芳しくなかったのか、一緒にいて気がつかなかったことになんとも言えず胸が締め付けられる。申し訳ない、が適当だろうか。気がつかなくて、そこまで無理をさせてしまって。
「目が覚めてすぐに仕事戻る言うから引き止めたんよ、渋々ベッドに転がってたけどあの通りすぐ寝んね子や」
よほど疲れてたんかな。そう続ける武蔵野は咎めるように俺に視線を向けた。しかしそれは俺を咎めるものではなくて、生徒会のあり方に対しての非難なのだろう。口にはしないものの言わんとすることはわかる。わかるが、どうしようもないのだ。何も言えずに、その視線から逃げるようもう一度カーテンが閉まるベッドに視線を移した。
「…今日は北条なしでもどうにかするんで、しばらく休ませてやってください」
「せやな、それがええわ」
「それじゃよろしくお願いします」
寝ているのなら逆に安心だ。無理して仕事しようとしないだけまだましだろう。ここは武蔵野に任せて俺は仕事に戻ろう。俺には俺の仕事がある。
任せとき、といつもの大阪弁で笑って見送る武蔵野に背を向けて、保健室を後にした。
*
『やっぱそう上手くはいかないよねぇ。とりあえず今風紀の人が見回りの人員割いて被害者の対応にも回してるみたいだけど』
「そうか…保健委員に連絡は?」
『そこは大丈夫、引き継ぎは上手くいってるみたい』
「わかった。放送委員に放送内容をプランAからDに変更するよう連絡。それから実行委員の連中に別棟で活動してる団体の名簿に漏れがあると嫌味言っとけ」
足を組み背もたれに体重をかける。ぎい、と椅子が鳴き声を上げるが気にも留めずに修正したばかりの書類をファイルにまとめる。あとでこれを本部まで届けなければいけない。間違いのままだと風紀の見回りにも影響するのだ。
「あと、そうだな。そこに風紀の人間はいるか?いない?わかった、こちらでなんとかする。引き続き頼んだ」
散々見回りに行きたいと言っていた岩村もすっかり素直になり、静かに本部で待機するようになったようだ。りょーかい、と素直に返事を返したあと切れた通話にスマホを机の上に置く。生徒会室に篭って30分ほど経っただろうか、既に岩村からの仕事の連絡は10を超えていた。現場と本部、それから生徒会室で分業体制にしているおかげか情報が錯交して現場が混乱することは今のところなかった。一応上手くいっている、と言えるだろう。
んんー、と誰もいない生徒会室で伸びをする。これから風紀の人間に掛け合って見回りの箇所を変更してもらわなければならない。ついに恐れていた事が起こったのだ。…空き教室での暴行事件。施錠されてるはずの空き教室にどうやって侵入したのかも、首謀者も現時点ではわからないが親衛隊による制裁だろう。完全に制裁などによるトラブルをなくせるだなんて思ってはいなかったがまさか空き教室を使われるとは、面倒なことになった。
兎にも角にも早い所風紀を捕まえてその旨を伝えなければ。いや一度加賀谷に此処まで赴いてもらったほうが早いな、そうしよう。
卓上に置いたスマホを手に取り、連絡先のページをスクロールして目当ての人物の名を探してる、その時だった。
「…?誰だ」
扉を叩く音。急な来客に顔を上げて首をかしげる。
誰だろうか、訝しげに眉を寄せ扉に視線を向ければ徐ろに開いたそこから現れたのは、今まさに連絡先を探していたその人物だった。
「失礼する。少しいいか?」
「加賀谷。なんだ、見回りか?」
丁度よかった、今連絡しようとしてたところだ。そう続けて言えば加賀谷は待て。と手を突き出した。
何を止める必要がある?その不可解な行動に口を噤んで眉間にしわを寄せた。加賀谷はそんな俺の様子を見るなり視線を外すと開けたままの扉の外、そちらの方向に目を向けると一言、入れ。と言い放った。
「失礼します」
そう言いながら遠慮がちに室内に足を踏み入れる人物に目を見開く。
「晴…」
加賀谷のとなりに並ぶ晴、弟の姿にぽかんと空いた口は塞がらなかった。
.
17/19
prev/
next
しおりを挿む
戻る