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『2年Aクラスの響巡流です。学園をより良いものにできるよう精一杯頑張ります、よろしくお願いします』


響はマイクに向かってそうはっきり言うと深々とお辞儀をした。お前の口からは何も言わなくていい、それが式が始まる前に打ち合わせしたものだった。大勢の前に出て話をするのは意外にも苦手ではないようで、響のしっかりしたその様子に内心驚く。
響はお辞儀から顔を上げる際にメガネがずれてしまったのか右手で直す動きをした。
これで生徒会の役員の挨拶は終わりなはずだ。式を進めるはずの司会に視線を移した時だった。


「・・・はあ?」

「え。なんで」

「どゆこと?意味わからない」

ぼそぼそとどこからか声が聞こえてきた。
その小さな不満の声はやがて会場全体へ広がっていき、ざわざわと騒がしくなる。いつの間にか。気が付いた時には体育館には不満の声と抗議を申し立てる声であふれていた。
最早、司会の私語を慎むようにという声も無視され意味をなくしていた。

「か、会長・・・」

戸際の焦りを含んだ声がすぐそばから聞こえてくる。
副会長は、全生徒の前で立ち尽くす響の傍へ行こうと、立ち上がろうと腰を浮かしたがそれを右手で制す。なぜ、と俺に視線を移す北条に目だけ向けてからゆっくり首を横に振った。
響は何を今思うか。ただ黙って立ち尽くす後姿をただじっと見つめながら騒音に耳を傾けた。

なんで。なんでお前なんかが。理由は。その男になにができる。どうせ、どうせ役員目的だ。皆様なぜ。そんなやつ。不公平だ。撤回しろ。やめろ。やめろ。辞めろ。

「会長、早く止めなければ・・・」

「黙ってみていろ」

補佐はもっと辛い。こんなの序の口でこれから何があっても、全てを俺たちが守れるわけではない。自分の身を自分で守れる奴でなければ生徒会には向いていない。
さあ、響巡流。お前はどんな男だ?守られるだけの弱い男か?それとも、強い男か?
俺にその姿、見せてみろ。

「やめろ!やめろ!やめ、」

『聞いてくださーい!』

すう、と息を吸い込む音がマイクに拾われたかと思うと響は体育館に響き渡るほど大きく通る声で叫んだ。
マイクがキーンと音を立てて一瞬にして静かになった会場内に響く。突然のアクションに俺も、役員も、全校生徒が目を丸くさせて壇上に一人立つ響を見つめた。

『俺は響巡流っていいます!巡り流れるって書いてめぐる、って読みます!入学式が行われる少し前に転校してきました、外部からの編入試験を通ってきたわけです!
能力には自信があります!要領もいい方です!そういったところを評価してもらって、今回異例の補佐代理に抜擢してもらったんだと思います。皆さんが認めたくないのはわかっています、これから俺はできるって証明していくから俺に時間をください、補佐代理として誰にも文句を言わせないくらい頑張ります、精一杯頑張ります。よろしくお願いします!』

はきはきと、力強く生徒を見渡しながら話していく響の後姿を見つめる。自然と口角が上がっていく。
なかなか面白い、これだけの生徒目の前にしてビビるどころか押し切った。あながちあいつの穴埋めに抜擢したのは間違いでもなかったのかもしれない。そんな考えがポンと浮かんできて、それと同時にあいつの顔がふと沈んで。
響が深く深く礼をしたところで、どこからか詰まったような声でそんな、と抗議の声が漏れたのにふっと意識が戻ってきた。今はそんなこと考えてるときじゃない。
ゆっくりと立ち上がって、顔を上げた響のすぐ隣へ足を踏み出した。マイクへ顔を近づける。右手で少し強めに響の背中を叩いた。

『生徒会からの挨拶と発表は以上だ。この件に関しては役員全員でよく話し合って決定したことであって、これ以上の抗議、批難は直接生徒会の方まで正式によろしく頼む。
生徒諸君、いきなりの発表で大変申し訳なかった。我々生徒会役員は君たちの学園生活がよりよいものとなることを祈っている。以上』


マイクの電源を切る。プツ、と遮断音に静かに口をつぐんでいた生徒たちはぱちぱち、と小さく手を叩く。次第にその音は大きく会場全体を包み込んで、無事山場は越えたことを壇上に座る者たちに知らせた。俺のすぐ後ろに立つ響は詰めていた空気を一気に吐き出したようで、ぎゅ、と俺を腕に震える手を重ねた。

「・・・よくやったな」

降りるぞ。小さく震え続ける響に一瞬目を移してからすぐに歩き始める。
一瞬重なった視線の先の、響の瞳には薄く涙の膜が張っていた。

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