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「ん……?」

 閉まっていると思っていた生徒会室のドアノブに手を掛けて回すと、予想に反して扉が開いて思わず声が漏れ出てしまった。
 おかしいな、誰かいるんだろうか。不審に思いながらゆっくりと扉を開いていく。薄暗い室内に人影は見えない。誰かが施錠もせずに出て行った可能性もあったが、そう決定づける前にまず隣の仮眠室を確認してからだ。
 生徒会室から続く仮眠室にはソファベッドが用意されている。テレビや机などの家具があったりして、役員が自由に使える部屋となっていた。岩村あたりが個人的に使用することがあるので皆気持ち悪がって使わなくなってしまったが。
 仮眠室の扉に耳を当てて中の音を確認するが特に怪しい物音は聞こえない。ゆっくりと扉を開けて中を覗き見ると、ソファベッドに横になる人影が一つ。情事中ではなかったことにほっと息を吐いて足を踏み入れた。

「おい、仮眠するのは勝手だが鍵くらいかけないと危ないぞ」

「ん……? …ああ、会長」

「・・・…お前かよ。なんでここにいるんだ、赤城」

 眠たそうに目を擦りながら起き上がる赤城に、またお前かとため息をつく。役員ではなく親衛隊長である赤城には勝手に部屋に入る権限などないはずだったが。腕を組んで赤城を睨みつけるが、当の本人はぼんやり顔で呑気に腕時計を確認している。こいつは…。

「あー……まだ10分くらいじゃん……。もう少し寝てもいいですかぁ……?」

「ふざけんな。サボりたいなら屋上にでもいけ」

「うえーん、会長が冷たいよぅ」

 下手な泣き真似に心底いらつく。寝起きで微妙にキレ味がないのが更に癇に障るのだからどうしようもない。
 勝手にコンセントに刺された携帯充電器を根元から引き抜いて、赤城に投げつけた。

「いいから出ていけ」

「あーもう悪かったって。そんなにカリカリするな。で、お前は何しにきたわけ?」

 昼休みにわざわざ生徒会室に寄るぐらいなんだから、何か用あったんじゃないの?
 投げられた充電器をまとめながらそう訊ねる赤城に返す言葉を探す。こんな奴に素直に答える義理もないが、変な意地を張ってても仕方が無いのも事実。それにここにいたのなら知っているかもしれないし。

「今朝から北条を見てなくて。ここに来なかったか?」

「んー、俺がここに来たのもさっきだからな。少なくとも昼休み時間中には来てないよ、お前しか」

「……そうか」

 なら、一体どこに。返事のないスマホの画面に視線を落とす。何か、事件に巻き込まれていないといいけど。

「そんなに気にしてやるなよ。発情期だよ、どうせ」

「発情期、って……さすがにそれは、岩村じゃあるまいし」

「さあ、どうでしょう。副会長はいままで完璧な優等生でしたからね。抑えてきた性欲が爆発したっておかしくはないのでは?」

「……憶測でも、そんな物言いはやめろ。あんまりだ」

「ああ、へどが出ますねぇ。そうやって自分の物みたいな顔して傷つく振りするのはやめていただけませんか? よその犬に発情するのが嫌ならちゃんと手綱引いてなくちゃいけませんよ、会長。それは飼い主として失格です。まあ俺は飼い犬には自由でいてほしいから基本は放し飼いですけど。でも飼い主のこと忘れて、他の雌犬になったら酷いお仕置きをしてしまうかもしれませんが」

 赤城が楽しそうに言う。こいつは一体何の話をしているんだ。

「ほら、おいでわんちゃん」

 まるで愛しい飼い犬を呼ぶみたいに、柔らかな笑みを浮かべて両手を広げる赤城に言葉を失くす。ふざけんな、俺がお前の犬だって言いたいのか?
 優等生みたいな見た目をしてるくせに、いざ中身をみてみれば自己中心的で自分勝手。こんなクソで最悪な奴はなかなかいない。

「……そう、いい子だね」

 俺を飼い慣らそうとするんじゃねえ。俺のネクタイを引っ張って恍惚に頬を染める赤城の白い喉元はさらけ出されて、無防備で、いとも簡単に噛みつけてしまえる。歯を立てたらきっと、簡単に貫通して食いちぎれるんだろう。お前も泣きながら許しを請うのか?
 乾いた唇を舐める。犬の頭を撫でるように髪を梳く赤城の首元に顔を埋めて、飼い主を騙る男の首元へ歯を突き立てたのだった。


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