knock



*巡流視点


「待ってください。俺が風紀に入って、その…生徒会を……?」

 カーテンが閉ざされ、光が存分に入らない室内はいくら昼間といえど薄暗い。なんでカーテンを開かないんだろう。ここに通されたときは不思議に思ったけれど、今ではそんなことどうでもいい。
 目の前で足を組み、俺を見据える男に緊張からか嫌な汗が流れる。俺を見据えるのは彼だけではない、副委員長に幹部といわれる生徒が俺を囲むようにして立っているのだ。

「あの、全然意味がわからないんですけど」

「権力が二分している今、生徒会を潰せるのは風紀しかない。しかし、我々が表だってそんな行動をすれば逆に、風紀委員会が非難を浴びることになるだろう」

「そこでね、間者を送ろうって戦法なわけだよー。君なら内部から生徒会を壊せるだろうって目算」

 俺の隣に座って遠慮もなく肩に手を回してくる副委員長に体が強張る。
 「巡流ってこんな見た目だし」なんてこともないように言い退けて、俺の頭を引っ張る清原先輩にあっと声が漏れた。いとも簡単に外れてしまったカツラの下からは金色の地毛が現れて血の気が引いた。清原先輩はきゃっきゃと嬉しそうに笑い、委員長は何も言わず俺を見つめる。幹部だという同い年の植木くんは目を丸め、あんぐりと口をあけていた。

「ねえ引き受けてくれる?」

「……食堂での所有権の話は、この話と関係があるんですか?」

「ああ、あれね。そうだね、関係あるよ」

「……なんのために、生徒会を壊したいんですか?」

「なんのため、かあ。それはちょっと言えないかなあ、大人の事情ってやつ」

「そんな……。俺に動けって言う割には何も教えてくれないなんて、そんなの」

「ぶっちゃけ、俺も植木君も教えてもらってないんだよ。委員長の意のままに、って感じ」

 困ったように笑う清原先輩に驚く。
 まさか、そんな大層な作戦があるくせして、その動機も知らされていないだなんて。風紀委員長に視線を移す。俺をただまっすぐ見つめる委員長・・・加賀谷先輩に口を結ぶ。やっぱり、食堂でのことがあるから怖い。けれど、理由があったと聞くと少しだけ、赦せるような気がした。

「まあ、学園を作り変える。とでも、言っておこうかな」

「作り変える……?」

「巡流はさあ、この学園っておかしいと思わなかった? 思ったよね、だって実際におかしいもん。でもね、それに気が付いても何もせず、現状に甘んじる人間が多すぎるんだよ。もちろんおかしいことに気が付かない連中が大半だよ。この学園は狂ってるんだ、制度も生徒も。俺たちはこの、気持ち悪い学園をまた一から作り変えるんだよ」

 これで、納得できない?そう言う清原先輩の目は笑っていない。
確かに、言うとおりだと思う。明らかにこの学園はおかしい。それでも、誰もおかしいということに気が付いていないのだ。まるでおかしいと感じる自分がおかしいみたいで、どんどん学園に染められていく。そうしていつの日か、この非日常が日常になってしまう。
そんな、恐怖がある。

「生徒会が学園を動かし、風紀が規律と今までの校風を守る。ずっと、何年も何十年も守られてきたモノだ。俺たちが動かなきゃいけねえんだよ」

 それまで黙っていた植木くんが苛立たしいと言うように吐き捨てる。

「でも、そんなに簡単なことじゃないだろ。そんなこと、こんな少人数でできると思ってるのか?」

「できるできないじゃなくて、やらなくちゃいけないんだよ」

 お前がどう答えようと、俺は加賀谷さんいついていくって決めてる。そう俺の目をまっすぐ見つめて言う植木くんに言葉を失くした。冗談なんかじゃない、みんな本気なんだ。生徒会を壊して、学園を作り変える。本当に、そんなことができるのだろうか。

「……壊すって、一体どうやって?」

「まずは役員を機能させないように工作する。すると生徒会に仕事は溜まっていき、学園の動きは止まる。ついでに生徒たちからの鬱憤もたまっていく。次に必要のなくなった、見かけだけ煌びやかな生徒会を解散させる。ほおら、すごい簡単でしょ?」

「そのあとは風紀がしばらくの間学園を取り締まって仕事もこなしていく。役員も増やして、理想は学園の半分が役員だ。そうして学園自体が落ち着いてきたら、新たな規則のもと、生徒会をこちらで再編成し新しい制度のもとで学園を動かしていく。……簡単に説明するとこんな感じかな」

 清原先輩が大げさな身振り手振りで説明をする様子を眺めながら、口を結ぶ。
 確かに、成功すれば学園は変わるかもしれない。しかし、やはり口で言うほど簡単なことではないはずだ。
 風紀委員長の顔を恐る恐る伺う。加賀谷先輩はやっぱり、何を考えているのかわからない顔をしていた。

「……すみません。やっぱり、俺には、」

「んー、違うんだよねえ。まだわからないかな。巡流にははじめから拒否権なんてないんだよ」

 清原先輩の、威圧するような声音に息が止まる。植木君は俺を睨みつけ、加賀谷先輩は静かに俺を見下ろしている。拒否権がない、だなんて。薄暗い室内が異様に、緊張で張りつめた。

「響巡流。浅葱滝真はわかるか?」

「……生徒会長、ですよね」

「そうだ。あいつは生徒会を壊したいと一番に思ってるのに、まだあそこに囚われたままだ。このままじゃだめだろ、俺はあいつがあそこにいるのが許せない。お前はどうだ、浅葱を追い詰めた生徒会がまだ残っていることが、許せるか?」

 息を呑む。加賀谷先輩が言うことは清原先輩が言った事とひどく乖離しているように思えた。本当は学園のためなんかじゃなくて。加賀谷先輩の隣で清原先輩が頭を押さえている。呆れたようなその様子に、やっぱり何かがあるんだろうと察する。でも、それ以上に。生徒会長の姿が、浅葱先輩の姿が脳裏をよぎった。あの人が囚われている生徒会という組織を壊す。そうすれば、会長は、救われるのだろうか。
 俺が、会長を助けられるのなら。

「……わかりました。やってみます」

まるで何かの魔法みたいにその言葉はしっくりと心臓に落ちて、醜く汚い欲望にのまれていった。


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