「俺はナマエのこと親友だなんて思ったことない。友達だと思ったことすらないんだけど」
真冬の凍る川に放り込まれたような気分だ。
射抜かれた、性格よりも余程柔らかい印象を与える茶色の目が云っている。嘘ではない本気だと。
レッドは今の今まで一度足りとも私のことを親友だと思ったことがない、…加えるなら、おそらくこれからも。
「…」
私は「いい親友を持った」と云った口を開いたまま固まる。私を支えていた土台が崩れたよう、ふわふわと地に足を着けている感覚がまるでしないのだ。ずっとずっと、私はレッドのことを親友だと思っていた。レッドもそうだと思っていた。でも違った。親友だと思っていたのは私だけ。小さい頃から一緒に遊んでごはんを食べて寝て勉強して、旅に出てからはたまに会って。
私よりずっと強くて追い付けないくらいになってしまったけれど、それでも目標にして目指していた。
大事な大事な親友。
しかし彼にとっては違ったのだ。
じゃあ、レッドにとっての私は何?共有していた時間は?何の為に親友のフリをしていたと云うの?私を騙して何が面白いの?私を馬鹿にしてるの?
握り締めた手は緊張で冷たくなっていく。
とうとうぼろ、と目から大粒の涙が溢れた。
「……」
それを見てもレッドは特に表情を変えず、それどころか徐々に不機嫌そうに目が細められていく。
「…う、」
泣きたくなんかなかった。久しぶりに会ったというのに。でも意思に反しせきを切ったように溢れ出す涙を止める術がないのだ。今の私には。ここでレッドが「冗談だよ」とでも云えば収まるだろうがしかし彼はそんな冗談を云うような人間ではないし何より冷めた茶色い瞳にはうすら寒い恐怖心すら抱き始めていた。
否、「そんな人間ではない」等と軽々しく云えたものではない。私はレッドをことをわかっているつもりだったがちっともわかっていなかった。現に友情は一方通行だ。
泣く私を、困るでもなく焦るでもなく、ただ見下ろす。
なんだったんだろう、私とレッドの今までは。
「ナマエ。」
苛立たしげに名前を呼ぶレッドに背を向け顔を手で覆う。
レッドの顔を見たくなくて、見れなくて。
「み、ないでっ…」
見ないで欲しくて。
浅はかな勘違いをしていた。
もう放っておいて欲しくて。
「馬鹿みたいじゃないの、」
レッドとの繋がりは、私の支えだったのに。
誇るものがない私の唯一の自慢。
それが親友のレッドだったのに。
「ほんと大馬鹿」
嘲笑気味に吐き出された言葉と表情にカッとして、気付けば右手を振り上げていた。
乾いた音と手に残る感触。
「っあ…」
じんじんと痛みが手のひらを侵食していく。
限界だった、らしい
痺れるそれを握りしめ、レッドの顔を見れずに地面に釘で打ち付けられたように動かない足を無理矢理動かし、私はそこから駆け出していた。
走った。
走った。
否、逃げた。
ただその場にいたくなかったから。
心臓が破れるんじゃないかと思うくらい走って走って、走れなくなって歩いて、徐々に足を引き摺り、私は膝を折る。口から色々出てきそうだ。
しかし実際出てくるのは嗚咽のみで。人目が無いのも手伝い私は大声を上げて泣き始めた。
止まらない。
…止まらない。
大事なものがなくなった喪失感が心を占める。
寂しい悲しい苦しい。
余程、私は彼に依存していたのか。
どうしてこんなにも。
親友だったから?
依存。
それとも。
「…、」
その理由にひとつ、答えが浮かぶ。
…馬鹿な。
打ち消した瞬間のこと。
「ナマエ」
「!」
肩が無意識に跳ねた。
ゆっくり後ろに顔を向けると珍しく息を弾ませたレッドがいた。
私を追い掛けてきた。
「ナマエ足早…っ」
「な…なにしにきたのっ」
膝に手をつき暫しの間深い呼吸を繰り返し息を整えるとレッドはずんずんと無遠慮に私に近付き座り込んだまま後ずさる私の肩を強く掴んだ。
「痛っ…」
「痛っ…」
「一回しか云わないからよく聞けよ」
顔を逸らすと顎を掴まれ無理矢理目を合わせられた。苛立った感情を隠しもせず細めてある茶色の目。
「好きだ」
びく、とまた肩が跳ねた。
「……」
視線に縫い付けられたように逸らすことが出来ないで黙って固まっていると、こつん、と額が合わせられた。
「何か云ってよ」
その時私は思考が目まぐるしく駆け巡っていた。
レッドは今、なんと云った?
ただ一言短く、
「…」
認識して理解してどくり、と心臓が大きく鳴る。
一回打ち鎮まった鼓動は、どんどん大きく早くなっていく。と、同時に顔に熱が集まり冷たく冷えて真っ赤になっていた指先がじんじんと感覚を取り戻していった。
「じゃ…友達だと思ったことがないって、」
レッドの頬に指先で触れた。
「そう」
暖かい。
思えばレッドに触れたのははじめてかも知れない。
私はレッドのことを何も知らなかった。でも、
私はレッドの頬に添えた指を滑らせた。
「だからさ。つまり、」



つまり、それだけのこと












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