ヴァニタス
「……すまない、不二」
床に寝かせた不二の遺体をビニールシートで隠して手塚は静かに目を閉じた。
死者は蘇ったりなどしない。
わかりきっている事なのに、ついすがりついてしまう。
これは夢なのではないか?
本当は誰かの悪戯で自分が騙されているだけなのではないか?
そんな風に考えてしまう。
「……もう行かなくては」
いつまでもここにいる訳にはいかないと、振り切るように不二の遺体に背を向け歩き出そうとするが、ふと教室の入り口に人影を見つけて足が止まった。
混乱して走り去った桔平が戻って来たのかと思ったが、そこに立っていたのはリョーマだった。
「越前……!」
満身創痍といった感じで全身傷だらけだが意識はあるようだ。
だが駆け寄ろうとした手塚に、リョーマは何故か血塗れのナイフを振りかざして襲い掛かった。
「越前!」
「……嫌だ、死にたくない……殺されるくらいなら!」
リョーマが正気でない事はすぐにわかった。
何があったのかわからないが酷く怯えている。
「越前、落ち着くんだ!落ち着いて深呼吸をしてみろ!」
「っ……」
動揺していて自分が何をしているのかわかっていないのかもしれない。
それでも手塚は根気よく説得を続けた。
かすった刃で切り傷ができても必死にリョーマを宥める。
このまま暴れ続ければ、リョーマの方が失血死してしまうかもしれない。
それほど酷い怪我なのだ。
今は興奮しているせいで痛覚も麻痺しているのかもしれないが、それは決して元気という意味ではない。
動けば動くほど傷口が開いて出血が酷くなってしまう。
「越前!!」
「!」
振り下ろされたナイフを手塚が左手で掴むと、リョーマはビクリと肩を震わせて手塚を見上げた。
「手塚……部長……っ」
「……」
ナイフを掴んだまま手塚は真っ直ぐリョーマの目を見つめる。
「大丈夫だ、越前。ゆっくり深呼吸をしてみろ」
「っ……」
リョーマが言われた通りに何度も深呼吸を繰り返すと、だんだんと落ち着いて来たのか体から力が抜けて血塗れのナイフが床に転がった。
「よし、早く手当てを……」
言い掛けた言葉は鋭い銃声にかき消されて手塚の前からリョーマの姿が消えた。
足元に転がる帽子。
床に広がっていく鮮血。
倒れたリョーマの向こうに、拳銃を構える仁王の姿があった。
「……大丈夫か?」
ゆっくりと銃口を下ろしながら仁王が近づいて来る。
手塚は床に倒れたリョーマを見て、それから仁王の胸倉を掴んで叫んだ。
「なぜ撃った!?」
「……お前さんを助けようと思っただけじゃ。襲われてただろう?」
「越前はただ怯えていただけだ!俺を殺すつもりなどなかった!」
「……」
一方的に責められて仁王は口を閉ざした。
言葉を交わしても無駄だと判断したのかもしれない。
手塚は床に膝をつくと、見開いたままのリョーマの目をそっと閉じて強く拳を握り締めた。
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