クレイジー

「もう何なのよ……さっきの放送と言い、こんなの絶対におかしいわよ」

薄暗い廊下を歩きながら橘杏は不安げに手元の携帯電話に視線を落とした。

目を覚ましてから何度も家に電話を掛けたが繋がらず、兄・桔平の携帯電話も留守電になっていた。

今は携帯電話のライトを利用しているが、電池が切れたら真っ暗闇になってしまうだろう。

だが非常口の扉は開かず、昇降口に繋がっていると思われる渡り廊下は防火扉によって塞がれていた。

「こうなったらもうなりふり構ってられない!」

暗闇に痺れを切らした杏は会議室と書かれた部屋に入ると、窓に駆け寄り内鍵を外した。

だがどんなに力を込めても窓は開かなかった。

「くっ……なんで開かないの?鍵は外したのに……っ」

しばらく奮闘して杏は深いため息をついて膝に手をついた。

「ダメ……もう割るしかないかな。でも……」

ここがどう見ても今は使われていない廃倉庫だったら、非常事態だからと自分に言い聞かせて窓を叩き割っていただろう。

しかしここは学校だ。

杏が通っている不動峰中ではないが、今も使われている立派な校舎なのだ。

窓を割って脱出するのは幾ら何でも気が引ける。

誘拐の可能性は否定できないが眠っていただけで縛られた様子もなく、変な放送が流れただけで他には特に変わった事はない。

この状況で警察に駆け込んでも疑われるのはむしろ夜の学校にいた自分の方で、もしかしたら器物破損とかで訴えられるかもしれない。

そんな危険を冒してまで脱出する勇気は杏にはなかった。

がっかりした気持ちで廊下に戻りとぼとぼと歩き出した瞬間、指先に鋭い痛みが走って杏は足を止めた。

「痛っ……何?」

携帯電話のライトで自分の手を確認すると、中指と薬指に小さな傷ができていた。

顔を上げると、廊下の真ん中に針金が張り巡らされていた。

廊下を分断するように針金の壁ができている。

もし気づかずに突進してしまっていたら大怪我をしていたかもしれない。

「何なのこれ……なんで学校にこんなもの……」

悪戯にしては度が過ぎている。

隣にある事務室を通れば針金の向こう側に行けそうだが、事務室の入り口も針金で封鎖されていた。

「もう嫌だ。訳わかんない。誰かの悪戯?いい加減にしてよ!」

暗闇の恐怖と心細さで泣きそうになった時、廊下の奥から足音と話し声が近づいて来た。

「神尾、向こうから聞こえた気がするけど……」

「あっちか!」

慌ただしい足音と共に誰かが近づいて来る。

携帯電話のライトを向けて確認すると、そこにいたのは同じ不動峰中の2年生、神尾アキラと伊武深司だった。

「神尾君!深司君も!どうして二人がここに?」

「やっぱり杏ちゃんだったのか!」

お互いの無事を確認してから情報交換をすると、どうやら神尾達も杏と同じくこの学校に閉じ込められてしまったらしい。

「この針金、どうにかして外せないかな……」

「ペンチとかあればどかせそうだけど、さすがに素手じゃ無理だよな」

「学校なら工具くらい置いてあるんじゃない?」

「そうだな。杏ちゃん、俺達ちょっと道具探しに行って来るよ。杏ちゃんはここで待っててくれ」

「わかった。気をつけてね」

去って行く二人の背中を見送って杏は深く深呼吸をした。

電池の消耗を抑える為に携帯電話のライトを消して壁に背を預けて二人を待つ。

だが1時間経っても2時間経っても神尾達は一向に戻って来なかった。

「遅いな……もう何やってんの?どこかで迷っちゃったとか?」

携帯電話の画面で何度も時間を確認するが二人は戻って来ない。

どうするべきか迷っていると、そこへ足音が一つ近づいて来た。

「だ、誰?」

足音が聞こえた方へ携帯電話のライトを向けると、そこには見慣れぬ制服を着た男子生徒が立っていた。

「あ……」

男子生徒も杏を見て驚いている様子だったが、やがてほっとした表情を浮かべて静かに近づいた。

「よかった。まだ他に人がいたんだ」

「え?あなたは?」

「俺は持田哲志。君は?」

「私は……橘杏」

「君もこの学校に閉じ込められたのか?」

杏が頷くと哲志はふとポケットから小さなヘアピンを取り出して杏に見せた。

「そうだ、これ。さっき廊下で拾ったんだけどもしかして君の?」

「あ!」

見覚えのあるヘアピンを見て慌てて頭に手をやると、確かにつけていたはずのヘアピンがなくなっていた。

「ありがとう」

お礼を言ってヘアピンを受け取ると哲志は廊下を分断する針金に気づいて表情を曇らせた。

「これは……」

「この針金のせいで向こう側に行けなくて困ってるの」

「確かにこれじゃ通れないな」

「友達が道具を探しに行くって言ってたんだけど、全然戻って来ないから心配で……」

「そうか……。俺も妹とはぐれて困ってたんだ。君さけよければ一緒に校舎を回らないか?」

杏は廊下の奥を振り返り少し迷ってから哲志に同行する事を決めた。

ここで待っていても神尾達と合流できるとは限らないし、道具探しに手こずっているのなら自分も何か役に立つ物を探した方がいいだろう。

「わかった。えっと、よろしくね持田君」

「ああ。こちらこそよろしく」

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