アポカリプス
「仁王先輩……」
真田に変装していた仁王は髪を掻き上げて小さくため息をつく。
「やっぱりあの時感じた視線はお前か。うかつだったのう」
淡々と話す仁王は瀕死の哲志に視線を落として口元に笑みを浮かべる。
"運試し"をした時に教室の入り口から微かに誰かの視線を感じたのだが、おそらくあれが哲志だったのだろう。
別に見られて困るものでもなかったし、仮に誰かに見られていたとしても後で始末すればいいだけの話だ。
そう思ってたいして気にしていなかったのだが、まさかここに来てそれが仇になるとは思っていなかった。
と言っても別にたいした問題ではないのだが。
「仁王先輩……やっぱりアンタの仕業だったんスね……」
「何じゃ、最初から俺を疑ってたのか?酷いのう。俺はお前さんにそんなに冷たくした覚えはないんじゃが……」
幸村の死体を目にしても平然としている仁王に、赤也は拳を握り締めて叫んだ。
「こんなふざけた事できんのはアンタしかいねえだろ!!それにアンタが言ったんだ。"ゲーム"をしてピンチになったユキを俺が助ければ、俺がユキのヒーローになれるって……!」
「……」
全ては数日前、学校の屋上で交わした言葉から始まっていた。
ユキが幸村とつき合い初めてから何かに悩んでいる様子だったので仁王に相談したのだ。
いつもだったら仲の良いジャッカルやブン太に相談するのだが、恋愛について二人に相談するのは何だか気恥ずかしかった。
仁王ならば駆け引きも得意だし、女子に告白される事も多いので恋愛にも詳しいと思ったのだ。
だからユキについて相談したのだが、気づけばいつの間にか自分の悩みを打ち明けていた。
ユキの事が好きで、でもユキは幸村とつき合っていて、告白する事ができないでいた。
自分の想いを伝えたところでユキを困らせるだけだとわかっていたから。
けれど仁王は、まだチャンスはあると言った。
ユキに親友ではなく男として意識されれば気持ちが揺らぐ可能性があると。
その為に"ゲーム"を仕掛けて、ピンチになったユキを救う。
そうすれば吊り橋効果でユキが自分を好きになるかもしれないと。
ユキが自分で決めた事なら、幸村を裏切る事にはならない。
尊敬する先輩を裏切らなければ、これからも仲間としてつき合っていける。
だから協力してやると、仁王はそう言ったのだ。
だがそれがまさか命を賭けた"デスゲーム"になるとは思っていなかった。
こんな事になると知っていたのなら全力で仁王を止めていた。
自分は何も知らなかった。
具体的な事は何も聞いていなかったし、仁王が何の為にこんな事をするのか見当もつかない。
それでも幸村からすれば自分は裏切り者で、仁王と協力して跡部を殺した大罪人だったのかもしれない。
それを否定する事はできない。
けれど自分は、こんな未来を望んではいなかった!
「なんでこんな事……返せよ。全部返せよ!幸村部長もこいつの兄貴も、丸井先輩達も全部アンタのせいで……っ」
湧き上がる怒りをぶつけるように仁王の胸倉を掴むと、懐から何かが飛んで足元に散らばった。
反射的に目を移すと、それは白い紙切れだった。
文字が書かれている訳でもなく、ただの真っ白な紙の切れ端。
だがよく見ると所々妙な形をしている。
散らばった切れ端を集めれば"人型"になるような……。
「っ……ごほっ」
血の海に伏した哲志が紙切れに気づいて顔を上げる。
震える手でポケットから切れ端を取り出すと、それを散らばった紙切れの側に置いた。
それが欠けた人形の最後の切れ端だった……。
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