カタストロフィ
「……なんで……」
ぽつりと赤也が呟いた。
銃を構えたままの幸村も凍り付いたようにその場に立ち尽くしている。
二人の間、ぐちゃぐちゃに潰れた跡部の死体の傍らに、ユキが倒れていた。
流れ出した血が跡部達の血と混ざって奇妙な渦を描く。
「……ユキ!!」
赤也が跪いて小さな体を抱き起こすと、ユキは真っ赤な血を吐き出して呻いた。
急所は外れているようだが出血が酷く、ただでさえ体の弱いユキには大きな負担となっていた。
「馬鹿野郎!なんで俺を庇ったりなんか……っ」
「っ……」
苦しそうに息をしながらユキが薄っすらと目を開く。
血の滲んだ口元が微かに震えて弧を描いた。
「何が、本当なのか……わからないけど……ごほっ、私は……赤也を信じていたい……っ」
「!」
「幸村君の……言った事が、真実……だったとしても……、今までずっと……赤也が私を支えてくれた事は……本当だから……」
伝えたかった言葉がある。
ずっと言い出せなかった事……それを伝えたら何かが壊れてしまいそうで怖かった。
けれど今は、もっと早く伝えていればよかったと後悔している。
色々悩んで一人で考え込んで、それでも答えが見つけられなくて……。
何が正しくて、どうすれば全てが上手くいくのかわからなくて。
結局、時間が解決してくれるのをただ待っていた。
大好きな人達を傷つけたくなくて、守っている振りをして、本当はただ臆病なだけだったのかもしれない。
自分が傷つく事を恐れていただけなのかもしれない。
ようやく見つけた居場所を失いたくなくて、必死にすがりついて……。
そんな自分の弱さが兄を死の運命へ導いてしまったのなら、これは全て自分の罪なのだろう。
無関係の人間まで巻き込んで取り返しのつかない罪を犯して、それでもまだあの時の答えが出ないまま。
幸村に好きだと言われて、自分も同じ気持ちだと思っていた。
けれど幸村の好きと自分の好きはどこかがズレていて、少しずつ歯車が噛み合わなくなっていった。
いつもと同じ部活の帰り道。
一緒に帰ろうと誘われて少しだけ遠回りをして家に帰った。
他愛のない会話もいつもだったら楽しいと思えたのに、その時は何故か幸村の顔が上手く見れなくて、ずっと俯いてばかりいた。
いつもと同じ風景なのに、何だか居心地が悪くて恐怖さえ感じていた。
湧き上がる罪悪感。
それが何なのか自分でもよくわからなかった。
何かが壊れて崩れていくような気がした。
楽しかった日々が困惑と罪悪感に塗り潰されて、上手く笑う事もできなくて……苦しかった。
叶う事なら元の関係に戻りたかった。
ぎこちない会話ではなくて、以前と同じように心から楽しいと思えるそんな日々に戻りたかった。
きっとそれが"答え"だったんだと思う。
自分が求めていた関係は仲間と笑い合えるそんな関係で、父と母のような世界でたった一人の特別な関係ではなかったのだろう。
大好きだからずっと一緒にいたくて、嫌われたくなくて。
でもやっぱり何かが違っていて……。
気づけばいつも仲の良い親友の事ばかり考えていた。
相談してみようと思った事も何回かある。
けれどどうしても言い出せなかった。
これは自分の問題なのだから自分で解決しなくてはいけないのだとそう思っていた。
もしあの時少しだけ勇気を出して赤也に相談していたら、何かが変わったのだろうか?
こんな悲劇的な結末を迎えずに済んだのだろうか?
それはもう誰にもわからない。
ただ言える事は、"あの時"感じた気持ちが自分の本心だったという事だけ。
……図書室であゆみと一緒にいる赤也を見て、自分はその光景を"嫌だ"と思ったのだ。
それが何故なのかずっとわからなくて、ただの気のせいだと思い込もうとしていた。
自分の醜い気持ちに蓋をして何も見なかった事にしようとした。
あゆみの一件でそんな自分の心を暴かれたような気がして怖かった。
答えはいつだって自分のすぐ側にあったのに、何かが変わってしまう事が怖くて気づかない振りをしていただけ。
もっと素直に自分の心と向き合っていれば、もう少しだけ明るい未来が待っていたのかもしれない。
何もかもが手遅れだとわかっているけれど、後悔せずにはいられなかった。
「私は赤也の事が大好きだから……信じていたい……」
かすれた声で自分の本当の気持ちを打ち明ける。
色々悩んだ事が馬鹿らしく思えるくらい、それは素直な気持ちだった。
好きとか嫌いとか、愛情とか恋愛とか、難しい事はやっぱりわからない。
それでもいつか父や母のようにずっと一緒に寄り添いながら生きていくとしたら、自分の側にいて欲しいと思う人物は一人しかいない。
これからもずっと何気ない事で笑い合って、テニスをして、そんな風に過ごしていたい。
赤也の側でこれからもずっと生きていたい。
それが……自分の見つけた"答え"なのだから。
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