イスカリオテ

「幸村君……」

ほとんど無意識でその名を呟くが、目の前で起きた出来事をすぐには理解できなかった。

そんなユキを見て、幸村は穏やかな笑みを浮かべて歩み寄る。

「ユキ、よかった無事で。心配してたんだ。怪我はない?」

そう尋ねてからユキの手に布が巻かれている事に気づいて幸村は表情を曇らせた。

「怪我をしてるの?見せて」

そっと手を取り傷を確認する幸村を見て、ユキはようやく我に返った。

「幸村君……っ」

安心感と共に目に涙が溢れる。

限界寸前で感情が爆発したように抑えきれない。

「大丈夫だよ、ユキ。もう何も心配しなくていい。俺がついているから」

「うん……っ」

指先で涙を拭った時、そこへ待ち望んでいた人物が現れた。

「ユキ!!」

「!、赤也!」

駆け寄って来たのは紛れもなく親友の赤也だった。

お互いの無事を確認して喜び合う二人を見て幸村も笑みを浮かべる。

「ったく、心配掛けんなよ!どんだけ捜し回ったと思って……」

そこで赤也は倒れている哲志とぐちゃぐちゃに潰れた死体に気づいて言葉を失った。

この短い間にどれだけの血が流れ、命の灯が消えていったのだろう。

心が麻痺してあらゆる事に鈍くなっている。

驚きも悲しみも薄れて、死体を前にしてももう驚かなくなっている自分がいる。

「とにかく無事でよかった。……やっぱり幸村部長もここにいたんスね」

「……」

幸村は頷くだけで真田と柳の事は口にしなかった。

今話したところで余計な混乱を招くだけだと判断したのかもしれない。

「ユキ、ちょっとこっちに来て」

「?」

幸村に呼ばれて歩み寄ると、怪我をしていない方の手をそっと引かれて幸村の後ろに誘導された。

不思議に思い顔を上げた時にはもう、冷たい銃口が赤也へと向けられていた。

「幸村部長……?」

「赤也、ここまでだ。もう終わりにしよう」

最初は幸村が何を言っているのか理解できなかった。

どうして赤也に銃口を向けるのか、いったい何をするつもりなのか、全くわからない。

けれど真剣な表情の幸村を見て、これは冗談ではないのだと悟る。

「何言って……」

「デスゲームは生き残った者が勝つ……そういうルールだったね。弱肉強食だ……俺達のルールでもある」

「……」

「無関係の青学や不動峰を巻き込んだのは、本来の目的を悟らせないようにする為。巻き込まれた方は災難でしかない。当然、許される事じゃない」

「部長、いったい何の事っスか?目的って……」

困惑する赤也の言葉を遮るように幸村はユキの手を握り締めると、赤也に銃口を向けたまま話を続けた。

「君一人でこれだけの計画が立てられるとは思えない。大方、仁王にでも相談して色々と吹き込まれたんだろうけど、俺には通用しないよ」

「計画って……」

「真田なら騙せたかもしれない。でも仁王の詐欺は俺には通用しない。勿論、君の狙いもわかってる」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!さっきからいったい何の事っスか!」

「デスゲームを仕掛けたのは君だろう?赤也」

「!」

幸村の言葉にユキと赤也は二人揃って驚愕の表情を浮かべた。

「ど、どういう事?幸村君。赤也が仕掛けたって……」

「言葉の通りさ。ユキ、信じたくない気持ちはわかるけどそれが真実だ」

「幸村部長!何言ってんスか!俺は……っ」

「もう何を言っても無駄だよ。君はもう俺達の可愛い後輩じゃない。ただの殺人鬼だ」

「だから誤解ですって!俺がんな事する訳ないっしょ!」

赤也は必死に否定するが、幸村がその言葉に耳を貸す事はなかった。

冷たい銃口だけが赤也に向けられている。

「ま、待って、幸村君!きっと何か勘違いしてるんだと思う。赤也はずっと私と一緒にいたし、こんな事できる訳ない。それに赤也は何度も私を助けてくれたの!」

ユキが弁護すると、幸村は少し寂しそうな顔でそっとユキの頬を撫でた。

「ユキ、君は純粋だから騙されている事に気づかないだけだ。本当はこんな形で君を傷つけたくはなかった。だから赤也と二人だけで決着をつけられたらいいと思っていたんだ」

「幸村君……」

「でも赤也が犯人である事に変わりはない。これは全部、俺から君を奪う為に赤也が仕組んだ事なんだから」

「え?」

時が止まったような気がした。

頭の中で何度も幸村の言葉が反響する。

「どういう事……?私を奪うって……」

「俺達の事はみんな知ってるからね。赤也の気持ちもみんな知ってたよ。まあ真田は鈍感だから気づいてなかっただろうけど。それと君もね……ユキ」

「!」

衝撃で言葉が出て来ない。

もし幸村の言った事が本当ならば、これは全て……自分のせいなんだろうか。

「でも……やっぱり赤也がそんな事をするなんて信じられないよ!みんなを……こんな酷い……っ」

それ以上言葉が続かなかったが、幸村は頷いて口を開いた。

「ユキ、俺は君を悲しませたくない。でも"真実"を知らなければ君は赤也を信じ続けるだろう。その純粋さが君の美徳でもあるけど、今回ばかりはそれが裏目に出てしまうかもしれない」

幸村はそこで言葉を区切ると、外灯の近くにある"ぐちゃぐちゃに潰れた死体"に目を移した。

「無惨なものだ。屋上から転落すれば助かる見込みはないと思っていたけど、こうして向き合うと彼の苦しみが伝わって来そうで恐怖さえ感じるよ」

「え?幸村君は"この人達"が誰か知ってるの……?」

あまりにも酷い死体を直視できずユキはちらちらと視線を送りながら幸村に尋ねる。

幸村は深く息を吐くと、悲しそうな表情で告げた。

「そこにいるのは俺達を襲撃した男子生徒と……君の兄、"跡部景吾"だよ」


→To Be Continued.
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