イスカリオテ
「はあっ……はあっ……」
体育館を飛び出しエントランス広場までやって来た所で、体に限界を感じユキは足を止めた。
乱れた呼吸を整えながら空を見上げる。
まだ夜は明けない。
保健室で目覚めてからもうずいぶん時間が経っているような気がするけど、実際はそれほど経っていないのかもしれない。
「どうしよう……とにかく赤也と合流しないと……」
落ち着きを取り戻して広場の中心へと進む。
赤也は哲志の事を警戒していたので別行動を取っているのかもしれない。
だとすれば今頃、校舎中を捜し回っているのかも……。
「赤也と一緒に説得すれば持田さんもわかってくれるかもしれないし……今は赤也を捜そう」
言い訳に過ぎないと自分でもわかっているが、一人ではもう正気でいられそうにない。
赤也と一緒にいた時はこれほど動揺する事はなかった。
あゆみに殺されかけた時も、その衝撃的な死を目撃してしまった時も、すぐに自分を取り戻す事ができた。
それは決して自分の強さではなく、いつも側に赤也がいたから……。
だから自分を保っていられたのだと、今になって気づく。
「赤也どこにいるの……会いたいよ……」
心細げに呟きながら歩いていた時、ふと昇降口の近くに何かが転がっている事に気づいた。
点滅する外灯の近く、固いコンクリートの上に横たわる物体。
それが人間の死体だと気づくのにそう時間は掛からなかった。
頭がぐちゃぐちゃに潰れているので誰かはわからないが、片方は白檀高校、もう片方は氷帝学園の制服を着ている。
「っ……」
いつまで経っても合流場所に現れなかった宍戸と鳳。
その内の誰かの可能性もあるが、もう何も考えたくなかった。
これ以上は精神が持たない。
その場からゆっくり離れようとした時、グラウンドの方から哲志がやって来た。
「"由香"!勝手に行くなって!またはぐれたらどうするんだ!」
未だに自分を妹だと思い込んでいる哲志に、それを否定する勇気も拒絶する度胸もなかった。
心が割れて粉々に砕け散ってしまいそうだった。
もはや肉体的にも精神的にも限界が近い。
いっそ狂ってしまえたらどんなに楽だろうと思う。
「"由香"、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
心配してくれる哲志にすがりついて思いきり泣いてしまいたかった。
けれどそれは正気と狂気の狭間だ。
その一線を越えてしまったら、おそらくもう二度と元には戻れないだろう。
赤也にも二度と会えないような気がする。
「っ……私は、あなたの妹じゃ……」
勇気を振り絞って真実を伝えようとした時、空気を切り裂くような破裂音が響いて哲志の体が崩れ落ちた。
「……!」
ぐちゃぐちゃに潰れた死体のその向こう、昇降口の前に立っていたのは拳銃を構えた幸村だった……。
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