ヴァニタス
保健室での出来事からしばらくして真田と柳は幸村を捜す為に行動を開始した。
三階の廊下を通り掛かった時、グローバルゾーンから銃声が聞こえて二人は身構えながら教室の中へ飛び込んだ。
「奴か!?」
「いや、あれは……!」
柳が懐中電灯で広い教室の中を見回すと、見慣れた背中がそこにあった。
どこか途方に暮れたように佇む仁王の足元には、青学の手塚国光、そして越前リョーマが倒れていた。
リョーマは満身創痍でうつ伏せになって倒れ、手塚は頭を撃たれて仰向けの状態で倒れている。
手塚の左腕の近くには拳銃が落ちているので、おそらくこれが原因なのだろう。
「仁王!何があった!?」
真田が駆け寄って仁王の肩を掴むと、仁王は自分を落ち着けるように深いため息をついて口を開いた。
「自殺した」
「何?」
「手塚が自分の頭を撃ち抜いて死んだんじゃ。……止める暇もなかった」
「くっ……自ら命を絶つなど、何を考えているんだ。貴様との勝負はまだついていないぞ、手塚!」
悔しそうに真田が拳を握り締めて目を閉じる。
だが柳はこの状況に違和感を感じていた。
「仁王、越前は背を撃たれて死んでいる。これはどういう事だ?」
「俺が撃った」
あっさりと仁王は告げた。
感情の見えないいつもの表情で淡々と柳に状況を説明する。
「つまり手塚が襲われていると思って越前を撃ち、越前を救いたかった手塚が目の前で自害したという事か?」
「そうじゃ」
「……」
柳はもう一度教室の中を見回して、それから仁王に向き直って言った。
「それは不自然だ」
「不自然?」
「手塚の利き腕は左。つまり左手で拳銃を握って撃ったという事だ。拳銃についている血はその時ついたものだろう」
「そうじゃ」
「一つ聞くが、手塚はどうやって自分の頭を撃った?」
柳の問いに仁王は訝しげな顔で答える。
「そりゃこうやって自分の頭に銃を突きつけてバンぜよ」
指で形を作りながら頭に手を当てる仁王を見て、柳は頷きながら教室の壁を指差した。
「ではあの弾痕は何だ?」
「ん?」
掲示板の枠に何かがこすれたような焦げ跡が見える。
言われるまで仁王も気づかなかった小さな痕跡だ。
「何じゃ、参謀。俺を疑ってるのか?」
「そうではない。ただお前の説明では納得がいかないというだけだ」
「相変わらず細かい奴じゃ」
感心半分、呆れ半分といった様子で仁王は説明を付け加えた。
「手塚が頭を撃って死んだのは本当じゃ。ただ頭に銃を突きつけて撃った訳じゃないし、正確には自殺というより"事故"じゃな」
「どういう事だ?」
真田が尋ねると、仁王は軽く肩をすくめて手塚の遺体に目を向けた。
「手塚は俺を撃とうとして死んだ。それだけの事ぜよ」
「何?」
「仁王、最初からきちんと説明してくれ」
「参謀ならもう予想がついとるじゃろ?」
「俺は現場を見た訳じゃない。目撃者の証言がなければただの推測に過ぎないからな」
「……」
仁王はため息をつくと椅子に腰を下ろして言った。
「手塚を助ける為とは言え、可愛がっとる後輩を殺されたんじゃから手塚が俺を恨むのは当然じゃ。俺の銃を奪って俺を撃とうとした。でも俺はそれを避けた。そしたら運悪くそこの額縁に当たって跳ね返り、手塚に命中して死んだ。……これでいいじゃろ」
「やはり跳弾か……。焦げ跡と手塚の位置を考えればそれしかないだろうな」
「なら最初からそう言えばいいだろう!何故わざわざ嘘をつく必要がある?」
「手塚が自分で撃った弾で死んだんじゃ。自分で自分を殺した"自殺"ぜよ。最初に俺はそう言ったはずじゃ」
「だが頭に銃を突きつけて撃ったと言っただろう」
「説明するのが面倒だったんじゃ。別に話したところで何も変わらないし、そういうのは警察の仕事ぜよ」
真田はまだ怒っていたが、柳は無駄を嫌う仁王らしいと妙に納得してしまった。
しかし仁王に向けて撃った弾が跳弾して自分に跳ね返るのはわかるが、それが運悪く頭にヒットする確率は極めて低い。
状況から考えて仁王の言った事は真実だろうが、まるで見えない悪意……それこそ神や悪魔にでも操られているようで気味が悪い。
死の運命すらもデスゲームの主催者は操るという事だろうか?
だとすれば、そんな相手にどうやって立ち向かえばいい?
「……ん?」
柳が考え込んでいると、不意に誰かの笑い声が聞こえた。
「弦一郎、何か言ったか?」
「お前にも聞こえたのか」
確かめ合っている内に笑い声はどんどん大きくなっていく。
この状況を楽しんでいるかのように、無邪気に笑う子供の声。
思わず仁王を振り返るが、仁王は椅子に座って宙を見つめているだけで笑ってはいない。
「何だ、この声は!」
「この教室の中から聞こえて来る。だが……人影はない?」
耳鳴りのように響く子供の笑い声。
頭が割れそうなほど痛かった。
苦しむ真田と柳の前で、仁王が静かに席を立ち拳銃を拾った。
「運試しじゃ」
「っ……何?」
「運が良ければ生き残る。運が悪ければ死ぬ。ただそれだけのゲームじゃ」
「な、何を言ってる?くっ……頭が割れそうだ……!」
仁王は腕を天井に向けると、口元に笑みを浮かべて銃を乱射した。
「これは生と死の純粋なギャンブルぜよ!"生き残った者が勝つ"。それがデスゲームのルールじゃ!」
「仁王!」
「っ……!」
子供の笑い声と仁王の笑い声が重なり、天井に張り付けられた鏡が次々と割れて教室内に降り注いだ。
水晶の欠片のように幻想的で美しい光景。
だがその果てに待っているのは地獄絵図でしかない。
デスゲームは生き残った者が勝つというシンプルで残酷なゲームだ。
これは全て子供の暇潰し。
退屈を嫌う子供が駄々をこねて悪戯を仕掛ける。
それだけのゲームだ。
「っ……仁王、お前が……!!」
言い掛けた言葉はガラスの破片に遮られて闇に消えた。
降り注ぐガラスの雨の中で、仁王だけがいつまでも笑っていた……。
→To Be Continued.
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