ヴァニタス
「蓮二、何かわかったか?」
「現段階では確証がある訳ではないのではっきりした事は言えないが……」
「構わん。お前の考えを聞かせてくれ」
「わかった。結論から言えば、俺は"プレイヤーの中にデスゲームの主催者、もしくはその関係者がいる"と思う」
「何だと!?」
真田は驚いて振り返るが、柳は机から拝借したメモ帳を片手に真剣な表情で続けた。
「俺は最初このデスゲームが"子供の暇潰し"のようなものではないかと考えた。お前が見つけた宝箱に仕掛けられていた罠と言い、ここには幾つもの罠が仕掛けられているが、そのどれもが確実性の高いものではなく、むしろ子供騙しに近いものが多かった。見破られても問題ないというような……」
「ふむ……確かにな。だがあれを子供騙しと呼ぶには凶悪過ぎるぞ」
「ああ。だが子供というのは純粋な分、残酷で無邪気なものだ。善悪の区別に関わらず好奇心が勝れば試さずにはいられなくなる。その結果多くの犠牲が出たとしても、それがどんな意味を持つのか理解できない。あるいは理解できていても、生死に無頓着な人間なら何度も同じ過ちを繰り返すだろう」
「……」
「もう一つ気になっている事がある」
「何だ?」
「犯人の二面性だ」
「二面性?犯人は二人いるという事か?」
「いや、その可能性もあるというだけの話だ。俺も確証がある訳じゃない。ただ単独犯と考えるにはどうも引っ掛かる事が多過ぎる」
柳は書いたメモを見直すと、真田に向き直って話を続けた。
「罠については先程も言ったように無邪気な子供の実験と言えなくもないが、反乱軍を導入した事やこの氷帝学園を舞台に選んだ事はどうも引っ掛かる。反乱軍がゲームの主催者と無関係だとしたら、彼らはいったい何に対して反旗を翻したと言うんだ?」
「主催者の意向に逆らったと言う事ではないのか?」
「そう考えるのが普通だ。だがこのデスゲームの主催者は残酷な子供。自分に逆らった人間がいたなら、おそらく感情に任せて怒り狂い、相手をなぶり殺しているだろう。反乱軍の存在を許すとは思えない」
「どういう事だ?」
「鳳の話でもわかるように反乱軍は危険人物の集まりだ。互いに協力する訳でもなく感情のままに行動している。一見すると彼らは主催者側の人間で俺達の敵だと思ってしまうが……本当にそうなのだろうか」
「……」
「もしかしたら彼らは俺達と同じ"プレイヤー"だったのではないか?」
「プレイヤー?奴らもゲームの主催者によって集められた被害者だと言いたいのか?」
「元はそうだったのかもしれない。彼らの精神状態は普通ではなかった。このゲームによって心の支えを失い、死への恐怖から他者を傷つける存在になってしまった……そんな風に思えてならない」
「たとえそうだとしても許される事ではないだろう」
「無論だ。しかしだからと言って俺達の敵とは限らない。単純に味方と考える訳にもいかないが、彼らについて知る事でこのデスゲームの本質に近づけるような気がする」
難しい顔で考え込む二人の側で、鳳はふと保健室の奥に置かれたカーテンに目を止めた。
レールから外されて何かを隠すように被せられている白いカーテン。
その上にぽつんと置いてある薄汚れた帽子。
「あれは……」
導かれるようにふらふらと近づいて帽子に手を伸ばすと、不意に誰かにその腕を掴まれて鳳は後ろを振り返った。
「柳さん……」
「お前は見ない方がいい」
「え?」
柳の言葉に小さな不安がどんどん大きくなっていく。
どうして柳がそんな事を言うのか、嫌な予感がする。
「っ……」
心臓の鼓動が激しくなって耳鳴りが止まない。
見てはいけない。
でも見なくてはいけない。
誰かに背中を押されるように鳳は柳の制止を振り切ってカーテンを掴み思いきり引っ張った。
帽子が滑り落ちてカーテンに隠されていたものが露わになる。
そこにあったのは、かろうじて人の形を残しているだけの無惨な死体だった。
獣が食い散らかしたように辺りには血と肉片が飛び散り、内臓は全て掻き出されている。
腕の肉も削ぎ落とされて半分ほど骨が見えてしまっているが、顔だけは綺麗なまま残っていた。
「……宍戸さん……」
茫然と呟く鳳の横で、真田が素早くカーテンで死体を覆い隠した。
けれど一度目に刻み込まれた光景はそう簡単に消えはしない。
立ち尽くしたままの鳳に、柳が静かな声で言った。
「俺達が来た時には既に手遅れだった。……黙っていた事は謝る。お前が落ち着いたら話そうと思っていた」
「……」
鳳は全身の力が抜けたように座り込み、床に落ちた帽子を手に取った。
「どうして……俺は……宍戸さんと一緒に……一緒に……?」
霧に覆われた荷物を引っ張るように、手探りで記憶の糸を辿る。
罠に掛かって良樹が死んだ後、どうにかワイヤーを抜けて廊下に出た事は覚えている。
そこで良樹のパスケースを見つけて、それから……それからどうしたのだろう。
パスケースに免許証と何かメモが入っていたような気がする。
書き殴ったような文字で酷く読み辛かった。
そのメモには何か恐ろしい事が書かれていて、それで慌ててメモを捨てたはずだ。
宍戸が見たら驚くだろうと思い、笑って誤魔化しながらその気味の悪いメモを捨てた。
けれど気がついたら宍戸の姿が消えていて一人で廊下を歩いていた。
ここに来る前に誰か見かけたような気もするが、よく覚えていない。
……自分はいつから正気を失っていたのだろう。
夢の中で不気味な学校に迷い込んで、耐え難い空腹と喉の渇きに襲われて……だんだんと正気を保てなくなっていった。
動くもの全てが食べ物に見えてしまって、その内考える事も嫌になってぼうっとしたまま校舎内を彷徨い歩いていた。
誰かに呼ばれたような気がするが、あの声が宍戸だったのだろうか。
宍戸はまだあの校舎にいるのだろうか。
一人ぼっちでずっと空腹に耐えながら彷徨い歩いているのだろうか。
「……俺も行かなくちゃ……あそこは……一人になっちゃいけない場所だから……」
「っ……止せ!!」
「!」
柳が気づいた時にはもう遅かった。
鳳は自分が落とした包丁を拾うと、何の躊躇いもなくそれを喉に突き刺し自害してしまった。
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