ヴァニタス

「蓮二、腕の調子はどうだ?」

「本調子とは言えないが問題はない。あまり派手に動かさなければ痛みも少ないからな」

保健室の椅子に座って傷の手当てをしていた柳は、そう言って席を立った。

武道場で銃撃され散り散りになった後、真田と柳は体育館前で合流する事ができたが幸村だけははぐれてしまった。

男子生徒からはどうにか逃げ切る事ができたが、行方知れずとなった幸村の事を二人はずっと心配していた。

「しかしここの時計もやはり止まっているな」

真田が壁に掛けられた時計を見て言うと、柳も自分の腕時計を確認して静かに頷いた。

「ああ。他の教室も同じ時間で止まっていたからな。このデスゲームが始まった時、既に全ての時計が止まっていた可能性もある」

「武道場の一件でゆっくり考える余裕がなかったからな。だが職員室で校内の見取り図を探していた時、何気なく時計を確認したが……止まってはいなかったように思う」

「だとするとこの現象はデスゲームとは関係がない、という事か……?」

「そう決めつけるのはまだ早いだろう。いずれにしろ、今は幸村と合流するのが先だ」

「ああ、そうだな」

気持ちを切り替えて幸村を捜しに行こうとした時、不意に扉が開いて誰かが保健室に入って来た。

柳が懐中電灯の光を向けると、そこに立っていたのは氷帝学園の鳳長太郎だった。

子供が無我夢中で食い散らかしたように口元は真っ赤に染まり、制服もどす黒く汚れている。

右手には包丁を握り締め、常軌を逸した目で二人を見つめていた。

「弦一郎、気をつけろ。何か様子がおかしい」

「ああ、わかっている」

警戒して身構える二人に、鳳は奇声を上げながら襲い掛かった。

鳳の行動を予測していた柳は後ろに跳んで包丁を回避し、真田が隙を見て鳳の背後に回り腕を捕らえる。

鳳はそれでも暴れようとしたが、真田が包丁を取り上げ腹に一撃を加えてそのまま床に押し倒すと、ようやく落ち着きを取り戻したのか大人しくなった。

「お前は氷帝の鳳だったな。いったい何があった?どうして俺達を襲う?」

柳が床に膝をつき静かな声で問い掛けると、鳳は柳を見上げて不思議そうな顔をした。

「あなたは……立海の柳さん?うっ……」

動こうとした鳳は真田に腕を締め上げられて呻き声を上げる。

その様子を見て柳が無言で真田に合図を送った。

真田が頷いて少しだけ腕を緩めると、鳳はほっと息を吐き出して顔を上げた。

「貴様、何故突然襲い掛かって来た?何が目的だ?」

「え?」

困惑した顔の鳳を見て、柳は自分の推測が間違っていない事を確信した。

「鳳、お前は今まで何をしていた?」

「俺は……宍戸さんと校内を調べてて……」

「お前もデスゲームのプレイヤーなのか?」

「はい。目が覚めたらここにいて……ユキさんと立海の切原君にも会いました」

「何?あいつらもここにいるのか!」

「落ち着け、弦一郎。……それで、赤也達と会ってそれからどうした?」

柳が先を促すと、鳳は考え込みながらゆっくりと口を開いた。

「南棟へ渡ろうとして防火扉で塞がれて……手動レバーが凍りついていたから、溶けるまでの間二手に分かれて行動する事にしたんです」

「そうか。その後は?」

「えーと……そうだ、確か途中で誰かに襲われたんです。見た事のない制服で、たぶん高校生だと思います」

「高校生?……性別は?」

「男でした」

柳は真田と顔を見合わせると、鳳に向き直って尋ねた。

「その男子高校生はお前と同じくらいの身長だったか?」

「え?」

鳳は不思議そうな顔をするが、しばらく考えて静かに首を振った。

「いえ、宍戸さんと同じくらいだったと思います。逃げるのに必死であまりよく覚えてませんけど……」

「ふむ……弦一郎、もう手を離しても大丈夫だ」

「しかし!」

「大丈夫だ、俺を信じろ」

「……」

真田は深く息を吐くとようやく鳳を解放して身なりを正した。

解放された鳳は困惑したまま立ち上がるが、やはりまだ状況を理解できていないらしい。

「どういう事だ?武道場で襲って来た男がこのデスゲームの主催者ではないのか?」

「鳳の話が本当ならば、その可能性は低いだろうな。おそらく奴は反乱軍。他にも数人いるとみて間違いないだろう」

「奴が反乱軍だと?何の為に我々を襲う?」

「さあな。そういうルールなのかもしれないし、もしかしたら反乱軍も巻き込まれただけなのかもしれない」

「……」

「青学、不動峰、氷帝、立海……そのいずれもがテニス部のレギュラー、もしくはその関係者だ。だが反乱軍はその条件に当てはまらない。……逆に言えば条件に当てはまらない人間は反乱軍の可能性が高いという事だ」

柳の説明に真田も腕組みをしながら考え込む。

「奴が反乱軍だとして"名札"とはいったい何の事だ?」

「普通に考えればドッグタグ……つまり認識票の事だな。学生なら学生証と考えるのが無難だが、それだけとは思えない」

するとそこで鳳が何かを思い出してポケットから薄汚れたパスケースを取り出した。

「そう言えばこれを拾ったんですけど何かの手掛かりになりますか?」

「バイクの免許証が入っているな。"岸沼良樹"と書いてある。……この人物に心当たりは?」

「たぶん俺と宍戸さんを追い掛けて来た人だと思います。その人はもう……いませんけど」

「今は少しでも多くの情報が欲しい。詳しく教えてくれ」

「……はい」

柳に促されて鳳は少しずつ自分の記憶を辿るように今までの出来事を話していった。

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