アスタロト
「……いないね、亮も長太郎君も」
無人の生徒会室を見てユキは心細げにため息をついた。
二手に分かれた宍戸達とここで待ち合わせをしていたのだが、戻って来た様子もなく置き手紙などもない。
赤也も辺りを見回すが宍戸の携帯電話は充電中のままで特に変わった様子はなかった。
「はあ……くそ、丸井先輩達もいねえし、どこ行ったんだよ」
「ねえ赤也、やっぱり何かあったんじゃない?亮も長太郎君も約束を破るような人じゃないし、ブンちゃん達もいつまで待っても戻って来なかったし……」
不安そうに俯くユキに、赤也はなんて声を掛ければいいのかわからなかった。
心配ないと気休めを口にしたところで、この状況では何の意味もない。
あゆみの一件でこれがただの悪戯ではなく、命懸けのゲームだという事はよくわかった。
一緒に行動している哲志の事も信用している訳ではない。
妹を捜していると言っていたが本当かどうかわからないし、もしかしたら自分達を油断させる為の嘘かもしれない。
お人好しのユキは人を疑う事をしないし、理不尽に命を狙われたとしても相手を恨むような事もない。
だからこそ心配でたまらないのだ。
保健室での出来事もあと一歩発見が遅れていたら確実にユキは命を落としていた。
見えない誰かの悪意と殺意が常に自分達の命を狙っていると思うと、ありとあらゆるものが怪しく見えて来る。
「痛っ……」
赤也が考え込んでいると、不意にユキが顔をしかめてふらついた。
「ユキ!?」
慌てて駆け寄ろうとするが、それより早く近くにいた哲志がユキの体を受け止めて支えていた。
「どうしたの?大丈夫?」
「あ、はい……ありがとうございます」
ほっと胸をなで下ろし、それから少しだけ哲志に嫉妬心を抱きながら赤也はユキに駆け寄った。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「ううん。たいした事じゃないの。そこにボールペンが落ちてて……暗くて見えなかったら踏んじゃって」
細い指でユキが落ちていたボールペンを机の上のペン立てに戻す。
そこでようやくユキが裸足でいる事に気づいた。
そう言えば保健室で会った時もユキは下着姿で靴も履いていなかった。
昼間ならともかく、夜の学校を裸足で歩くのは危ないだろう。
「ユキ、俺のスニーカーを……」
赤也が言い終わる前に隣にいた哲志がすっと何かを差し出してユキの足元に置いた。
「裸足じゃ危ないだろう?これを履くといいよ」
「え?これ……」
哲志が置いたのは小さな上履きだった。
サイズからしてどう見ても哲志の物ではないし、消えかけてはいるがかかとの部分に名前が書いてある。
"持田"と書いてあるから、おそらく妹の上履きなのだろう。
「妹さんの上履きですか?」
「ああ。廊下に落ちてたのを拾ったんだ」
「じゃあ妹さんに返してあげないと」
「裸足じゃ痛いだろう?」
「でも私が履いて汚しちゃったら申し訳ないし……」
「大丈夫だよ」
穏やかな口調だが有無を言わせぬ威圧感があり、ユキはなら妹さんが見つかるまでと言って上履きに足を入れた。
暗いのでサイズまではわからなかったが、履いてみるといつも履いている上履きとあまり変わらなかった。
裸足で校内を歩き回るのは確かに危ないし、怪我をして二人に迷惑を掛けるのも申し訳ない。
そう思ったユキはしばらくの間、哲志の妹の上履きを借りる事にした。
「とりあえずここにいてもしょうがねえし、先輩達を捜しに行くか」
「そうだね。……あ、亮の携帯電話もう充電終わってるんじゃないかな?」
跡部の机に置いてある携帯電話を見ると、充電が完了したのか緑色のランプがついていた。
充電する前はオレンジ色のランプがついていたので、おそらくもう満タンになったのだろう。
「ユキ、先輩に電話してみろよ」
「うん」
携帯電話を操作して直前に電話した番号へ掛け直すと、呼び出し音が鳴り響いた。
そのまましばらく待っていると電話が繋がった。
「もしもし?ジャッカル?ブンちゃん?」
声を掛けるが応答はない。
代わりに電話の向こうで何やら物音が聞こえる。
「ブンちゃん?聞こえる?」
耳を澄ませながらもう一度声を掛けると、ようやく応答があった。
「もしもし?」
「あ、よかった。私だよ。実習室に行ったんだけど会えなかったから心配してたの」
「……」
「今、赤也と生徒会室にいるんだけど、ブンちゃんとジャッカルはどこにいるの?」
「……」
居場所を尋ねてみるが返事がない。
不思議に思いつつもう一度声を掛けてみると、電話口から「すぐに行く」と返事が聞こえてそのまま切れてしまった……。
→To Be Continued.
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