六話目:取り残された七人

それは、駆け去った彼だったよ。

うつ伏せのままで必死に顔を上げ手を伸ばしている。

「たすけ……て……」

かすれ声が助けを求めた。

その次の瞬間、彼が闇に引き込まれた。

暗闇に何者かが潜んでいて、彼を引っ張ったみたいだった。

ゴキゴキッ……鈍くて嫌な音がした。

そして四人の足元に、大きなかたまりが放り込まれたんだ。

とっさに避けると、それは学生カバンをしっかりと握りしめた腕だったよ。

「きゃーーーーっ!!」

女の子が悲鳴をあげた。

それを聞いて、廊下の闇がふくらんだような気がした。

闇自体が生きているんだ。

そんな風に思えた。

迫り来る闇を見て、恐怖で立ち竦んでいる後輩二人を三年の男子生徒が腕を引っ張って教室の中へ放り込んだ。

もう一人の男子生徒もすぐ教室の中へ避難したけど、後輩を助けた彼は闇に足を絡め取られて身動きが取れなかった。

闇はそのまま彼を廊下の奥へ引きずり込んで、彼の姿はあっという間に見えなくなってしまった。

それでもう一人の男子生徒は教室のドアを閉めた。

こうすれば闇が入って来れないとでも言うようにね。

後輩二人は真っ青な顔をして震えている。

だけど、そのとき彼らは見たんだ。

窓の外に広がる、無限の闇を。

その闇が、自分達めがけて押し寄せて来ているのを。

窓ガラスがミシミシと鳴っていた。

すぐにでも窓が割れる。

そうなったらもう、自分達には助かる術はない。

一人残された三年の男子生徒は考えた。

どうすればこの状況を打破できるのかって。

そして彼の頭に、一つの案が浮かんだんだ。

それは、どんな事だったと思う?

……彼は、後輩二人に向き直って言った。

「今から何とかして、道を切り開くよ。その間に逃げるんだ。二人が逃げたら俺もすぐに後を追い掛けるから」

そうは言ったけど、自分まで逃げられるなんて思ってはいなかった。

後輩達を助けた男子生徒が逃げる間もなく闇に呑み込まれるのを見てしまったからね。

きっと自分は助からないだろう。

そう思ってた。

でも彼はとても責任感の強い性格だったから、訳のわからないこんな状況でも彼らを巻き込んだのは自分だという罪悪感があったんだろうね。

先生に言われた理不尽とも言える罰を、彼が引き受けたりしなければこんな事にはならなかったんだから。

彼は意を決して廊下へ続くドアを開けた。

闇はもう、ほんの数メートル先まで近づいて来ていた。

彼はツバを飲み込んで、自分のカバンを放り投げたんだ。

ぐしゃっという音がして、闇がカバンを飲み込んだ。

あの真っ黒い腹の中には、いったいどれくらいの犠牲者がいるんだろう?

彼は思わず身震いしたよ。

でも、いつまでもこうしてはいられない。

彼は、彼を引き止めようとする後輩達を突き飛ばしたんだ。

二人は闇と反対の方角へよろめき出た。

「早く逃げろ!」

そう叫んで、彼は椅子を振り上げた。

そして、闇に飛びかかっていったんだ。

闇はカラスが翼を広げるように大きく膨れ上がって、彼を包み込んだ。

一瞬、意識が遠のいた。

……本当は、もっと長い時間だったかもしれないけどね。

でも、彼が気づいたときには、そんなに時間が経過したような感じではなかったから。

……うん、そうなんだ。

彼は、闇に食べられなかったのさ。

目が覚めると、旧校舎の廊下に倒れていた。

なんで助かったんだろう?

そう思いながら、彼は校舎を出たんだ。

すると、向こうの方から化け物が走って来るじゃないか。

大きさの違う化け物が二体。

紫のウロコがびっしりと生えた醜い体に、飛び出た大きな目。

耳まで裂けた口からよだれを流しながら、なんだかわからない言葉を叫んでいたよ。

彼は生命の危険を感じた。

見回すと、野球部がしまい忘れたらしいバットが落ちている。

彼はそれを拾って、化け物達に殴りかかったんだ。

頭や肩や腕、どこでもお構いなしに殴りつけた。

何度も何度も、化け物が倒れて動かなくなるまでね。

なんだか、とても勝ち誇ったような気分だったらしいよ。

不意にそのとき、誰かの声がした。

同時に、彼は背後から羽交い締めされた。

こわばった表情の用務員さんだったよ。

「何をしているんだ!」

何って、決まっているじゃないか。

この化け物をやっつけていたんだ。

彼はそう言おうとして、化け物の死体を見下ろした。

ところが、そこに倒れていたのは、彼が闇から逃がしてやったはずの後輩達だったんだ。

二人とも頭から血を流し、ぐったりとして目をつぶっている。

一目で、もう生きていないってわかったよ。

「物音がするから来てみれば、君が彼らを殴っているじゃないか! いったい、なんでこんなことを!?」

用務員さんが彼に聞いた。

彼に答えられる訳がないよね。

殴ったのは、確かに化け物のはずだったんだから。

でも、違ったんだ。

そうすると、考えられることは一つだ。

彼の目には、後輩達の姿が化け物に見えていたんだ。

だから、二人が彼を心配して駆け寄ったのに、襲われると思ってしまったんだろう。

闇は、彼を食べる代わりに、彼の視覚を狂わせたんじゃないかな。

どういう結果を生むか、承知の上でさ。

もしそうなら、とんでもなく残酷だよね。

だって、彼の不幸はそれだけじゃ終わらなかったんだから。

どういうことかって?

次の日、先生達が校舎の中を捜したんだ。

そうしたら……他の四人の遺体が次々に見つかってさ。

みんな、闇にやられたんだろうな。

ひどい有様だったらしいよ。

それも彼のせいになった。

彼のいい分なんて聞かれなかったよ。

なんといっても、現行犯だったんだしね。

その後の彼?

……さあ、知らないけど。

どこかの刑務所とか、少年院とか、そういう所に入れられているんじゃないかな。

よく覚えてないな。

さあ、これで俺の話は終わりだ。

とうとう七人目は現れなかったね。

これからどうしようか?


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