六話目:取り残された七人

……ほら、近づいてごらん。

見えただろ?

なんの変哲もない普通の時計だよね。

かなり、ほこりをかぶっているけれど。

中を開けてみよう。

……今はもう、電池も入っていない。

だから、動かないんだ。

でもね、この時計は不思議なんだよ。

例えば、針を動かしておくだろ?

すると、いつの間にか十時二十分に戻ってしまっているんだよ。

なぜか知らないけれど、誰かが動かしているのか、この時計は必ず十時二十分を指したまま動かなくなるんだよ。

電池を抜いていてもね。

……さあ、話を続けるよ。

残された七人も、時計を調べてみることにした。

やはり、この時計は壊れていると思ってね。

そして、一人が壁から時計をはずしたとき……。

「うわっ!」

残りの六人が一斉に叫び声をあげたのさ。

見ると、時計をはずした壁のあとに、人の顔のような染みがついているじゃないか。

一瞬、それがドクロのように見えてね。

……でも、よく見るとただの染みだった。

「……脅かすなよな」

壁から時計をはずした一人は、急いで時計を元に戻したんだ。

時計を調べるよりも、その不気味な染みを隠しておきたかったから。

そのとき突然、一人が席を立ち上がったんだ。

「ちょっとトイレに行って来る。ついでに先生も呼んでくるぜ。……これ以上遅くなるとマズイだろ。これだけやったんだ。俺達が十分に反省してるって事は先生だってわかってくれんだろ」

そう言って彼は教室を出て行った。

きっとメンバーの中に一人だけいたマネージャーの女子生徒を気遣ったんだろう。

もう外は真っ暗だからね。

女性が夜道を歩くのは危険だ。

だから彼女だけでも先に帰してもらえないか、頼みに行くつもりだった。

残る六人は少しでも多くプリントを片付けようと、また黙々と作業に取り組んだんだ。

けれど、時計の裏にある染みが気になって、なかなか集中できない。

それからまたしばらく経って、

「……なあ、もう終わりにしないか?」

ついにたまらなくなり、一人が切り出した。

もう、それに反対する者はいなかった。

「そうですね。もう外も真っ暗ですし、そろそろ片付けましょう」

「でも、間に合うかな……。まだこんなに残ってるし」

「明日、先生に相談してみよう。このペースではこのまま続けていても終わるのは明日の昼頃になる。それにそれはあくまでもこのペースを維持した場合の目安だ。徹夜をすれば当然疲労も溜まっていくし、作業効率は低下する。夕食を食べる暇もない」

「そうだな。じゃあ待っている間に片付けよう」

みんなが、その意見に頷いた。

けれども、彼が戻って来ないんだ。

待てど暮らせど戻って来ない。

時計は止まっているから、あれからどれくらいの時間が流れたのかもわからない。

恐怖が精神を支配し、無音のときが流れるとき、その時間はとても長く感じられるものなんだよ。

だから本当はまだ一、二分しか経っていなかったのかもしれない。

気まずい沈黙の時間が流れた。

「もしかして何かトラブルでもあったのかな? 様子、見に行こうか?」

いつまで経っても戻って来ない仲間を心配して、女子生徒が名乗りを上げた。

気まずい空気が流れる教室から逃げ出したかったのかもしれないけど。

でもそれを一人の男子生徒が止めたんだ。

「なら俺が行こう。皆はここで待っていてくれ」

そう言って彼は教室を出て行った。

もし職員室で何かトラブルが起きているのなら、冷静沈着な自分が向かった方がいいと思ったんだろうね。

それは彼女もわかっていたから、大人しく彼の意見に従い待つ事になった。

……でも、迎えに行ったもう一人の男子生徒も戻って来なかった。

片付けはとっくに終わって、教室の窓から明かりの点いてる職員室の窓を見ていたけど何も変化はなかった。

残った五人は、顔を見合わせた。

みんな、恐怖を感じていたんだ。

まるで別世界に迷い込んでしまったような、いい知れぬ恐怖に。

校舎を出て校門を抜ければ、そこにはいつもの風景があるはずなのに。

それなのに、なぜかここから抜け出せない不思議な感覚を感じていたんだ。

そして、それはお互いの目を見ればわかった。

みんなは、誰もが同じことを考えているのがわかったのさ。

その時だった。

沈黙を破る悲痛な叫び声が聞こえてきたのは。

みんな、口の中にたまったツバを一気に飲み込んだ。

そして、その声のした方に耳を傾けた。

「……今の、誰の声だ? まだ他にも誰か残ってたのか?」

「あいつじゃない……よな?」

「やっぱりもう帰ろうよ! 先生に怒られたってもういいよ。こんな時間まで私達を放って置く先生だってどうかしてるよ」

「だよな。やれるだけの事はやったし、もういいんじゃないっスか? さっさと先輩達と合流して帰りましょうよ!」

後輩の二人がそう言うと、残っていた三年生達も同意した。

いい加減、我慢の限界だったんだろう。

「ああ、そうしよう。さすがにこれ以上はもう待てない」

「なら決まりだ」

そうして五人は、揃って職員室へ向かったんだ。

廊下を真っ直ぐ進んで階段を下りれば職員室はすぐそこだ。

そんなに遠い道のりじゃない。

皆の顔にはまだ余裕があったよ。

職員室に明かりが点いていたのは確認しているし、先生に何を言われてももう帰るつもりだったからね。

だけど、階段を下りて横を向いても職員室はなかった。

彼らの前には、今歩いてきたはずの廊下が長く続いていたんだ。

後ろを振り向くと、教室のドア。

階段だって下りたはずなのに、彼らは一歩も進んじゃいなかったんだ。

でも、そんなはずあるかい?

彼らは念のため、もう一度歩き出したんだ。

廊下の端まで歩いて、階段を下りる。

……やっぱり目の前には、長い廊下が続いている。

そして、背後には教室のドア。

これでハッキリした。

彼らは閉じ込められたんだ。

誰にかはわからない。

どうやってかもわからない。

ただ、空間がねじ曲がっていて、メビウスの輪のようになっているんだ。

ほら、リボンを一ひねりした輪っかで、指でたどると、裏も表もわからなくなるっていうあれさ。

「な、何なんだよこれ! どうなってんだよ!」

恐怖心を紛らわす為か、後輩の一人が廊下の闇を見つめながら怒鳴った。

他の四人も辺りを見回したり床を確認したりしてるけど、どう考えてもおかしい。

夢でも見てるんじゃないかと思ったよ。

でもどんなに頬をつねったところで現状は変わらない。

当たり前だよね。

それで彼らは廊下ではなく教室の中を調べてみる事にした。

このまま廊下を歩き続けても、仕方がないからね。

まず、当然だけど窓を調べた。

蒸し暑い日だったから、少しでも風が入るように窓は開けてあったんだ。

でも、それがいつの間にか閉まっている。

五人は何も言わず、窓を開けようとした。

誰が閉めたか……なんて考え出したら、どんどん怖いことを想像してしまうからね。

でも、窓は開かないんだ。

錆びついてるみたいにね。

馬鹿げているだろう?

さっきまで開いていた窓なのにさ。

何度か試している内に、限界に達したんだろうね。

「こんな……そんなはずありません! こんなのはおかしい!」

男子生徒の一人がカバンを引っ掴み、そのまま教室を飛び出して行ったのさ。

「あ、待って!」

女子生徒が慌てて追いかけようとしたけど、それを別の男子生徒が止めたんだ。

そしてそれは、正しい選択だった。

だって、その数秒後。

校舎中に響くような悲鳴が聞こえた。

同時に、バキバキと何かが砕ける音も。

ドアのところまで行ってみた四人は、明かりの消えた廊下で何かが這いずっているのを見たんだ。

なんだろう?

そう思って目を凝らすと、それは少しだけこっちに前進した。


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