Chapter7

「ずぶ濡れの女……水練場で溺死した女子生徒の亡霊か」

犠牲者のノートに目を通しながら白石が次に向かったのは本館一階の東廊下のつきあたりにあるプールだった。

体育館で見つけた宍戸の遺体を埋葬してあげたかったのだが、外に出られない以上そのまま放置して次へ進むしかなかった。

更衣室を抜けてプールサイドに出た白石は、水道の近くに倒れている男子生徒を見て慌てて駆け寄った。

「千石!」

びしょ濡れの姿で横たわるその男子生徒は、確かに白檀高校で別れたはずの千石だった。

宍戸と同じように千石も亡霊の手に掛かって命を落としたのではないかと思ったが、体を揺らすと千石は咳き込みながらも上体を起こした。

「あれ……白石クン。よかった、無事だったんだね」

「それはこっちの台詞や。こないな所に倒れとるからめっちゃビビったで」

「ごめんごめん」

千石は息を整えると辺りを見回して不思議そうに首を傾げた。

「ここってプール?生物室にいたはずじゃ……」

「何言うてるん。ここは天神小学校っちゅー学校や。俺も気づいたらここに居ってん」

「天神小学校?」

もう一度辺りを見回して千石はゆっくりと立ち上がった。

生物室で溺れかけた記憶はあるものの、それからどうなったのか何も覚えていない。

「そうだ、霧崎さんは?」

「ん?ああ、あの図書室におった子か。いや、俺は図書室を出たきり見てないで。一緒やなかったん?」

「大丈夫かな……。無事に出られたみたいだし溺れてはないと思うけど……」

「それより千石、俺と別れた後何があったか話してくれへんか?」

千石は頷いて生物室の出来事や凍孤の事を白石に話した。

「やっぱりここと白檀高校は関係があるみたいやな。このノートにもそないな事書かれとったし」

「それは?」

「ここで死んだ犠牲者のノートや。お前が襲われたずぶ濡れの女は7人の亡霊の一人で、元々は白檀高校の生徒やったらしい」

「え?そうなの?でもなんで俺達まで巻き込まれたんだろう。俺達がいたのは氷帝学園なのに」

「白檀高校と氷帝学園は昔は一つの学校やったらしいで」

「そうなんだ……」

「まあ俺もこのノートに書いてあったのを読んだだけやから詳しい事はわからんけど」

そう言って白石は千石にもノートを見せた。

千石は一通り目を通すと頷いて水の溜まっているプールに視線を移した。

「その女の子はプールで溺れてそのまま……」

「ああ。せやからプールの水を抜いて遺体を見つければ供養できるかもしれん」

「わかった。やろう」

二人は顔を見合わせると奥にある水圧調整室へと入って行った。

「あのバルブで操作するんとちゃう?」

「そうみたいだね」

白石がバルブに近づこうとした瞬間、不意に千石が肩を引っ張ってそれを止めた。

「ちょっと待った!」

「どないしたん?」

「今水を抜いたらあの子の遺体も流されちゃうんじゃ……」

「そない大きな排水口、小学校のプールに作るとは思えへんけど」

「だってあの子が死んだのはずっと昔の出来事なんだよ?たぶんもう骨になってると思う……」

「そう言うたら確かに流されてしまうかもしれんけど……あの濁ってる水の中に飛び込んだ所で遺体見つけるんは無理やで」

「うん……だよね。何か良い方法ないかな」

考え込む二人はふとプールの周囲を覆うネットの事を思い出した。

「そうだ!あのネットを使ったら遺体を引き上げられないかな?」

「可能性はあるけど、結構力仕事になんで」

「やるしかないよ。あの子を救えるのは俺達しかいないんだから」

「……俺、怪我人なんやけど」

ため息をつきながら白石は千石への協力を承諾した。

二人で手分けしてネットを集め、体育館の倉庫で見つけた綱引き用の縄を使って一つにまとめると、白石がネットの端をプールサイドにある柱にしっかりと結びつけ、もう片方のネットの端を掴んだまま千石がプールの中に飛び込んだ。

濁った水の中は視界が悪く遺体を発見する事はできなかったが、千石はそのままプールの底を通って反対側のつきあたりまで泳いだ。

「はあ……これを結んでっと。白石クン、そっちは?」

「オーケーや!」

漁をする時のようにプールの底にネットを敷いて二人は頷き合った。

「これで大丈夫かな……」

「やれるだけの事はやったし、後は上手くいく事を祈るばかりや」

水圧調整室に入って千石がバルブハンドルを回すと鈍い音と共に機械が動き出した。

ハンドルを操作しながら千石は独り言のように気を失っている時の事を話し出した。

「……気を失ってる間、夢を見てたんだ」

「夢?」

「学校で友達を探してたらプールに辿り着いて、そこでビーズでできたブレスレットを見つけて、それが友達の物だって気がついた時、突然後ろから誰かに突き飛ばされてプールに落ちたんだ。必死に這い上がろうとしたけど上から誰かに押さえつけられて、息が苦しくて世界が真っ暗になって何も聞こえなくなって……」

「……」

「あれはたぶんあの子の夢なんだ。冷たくて暗い静かな場所でずっと助けを呼んでる。でも誰も気づいてくれなくて……」

「そうか……」

白石が呟いた時、がこんと大きな音がしてプールの方から水の流れる音が聞こえて来た。

「行ってみよう」

二人がプールサイドに戻ると、プールに張られたネットの上に白骨化した女子生徒の死体が横たわっていた。

その右手にはしっかりとビーズのブレスレットが握り締められている。

「ずっと水ん中で待っとったんやな」

「うん……」

静かに頷いて千石がプールの底へ下りて行く。

白骨化した女子生徒の遺体を抱いてプールサイドに上がると、そこにぼうっと青い人魂が浮かび上がった。

『……私の……体……』

囁くような声が頭の中に響く。

『ありがとう……見つけてくれて……』

そう言うと人魂はふわりと空気に溶けて女子生徒の遺体が細かな砂へと変わり霧散した。


→To Be Continued.

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