Chapter7

「うっ……やっぱり安静にしとくべきやろか。けどなあ……こない仏さんばっかおる場所でゆっくり寝てられへんわ」

血の滲む脇腹を手で押さえながら白石は深く息を吐いた。

黒服の男に刺されて意識を失った後、気がついたら見慣れぬ木造校舎の教室にいた。

急所は外れていたのでどうにか動く事はできたが、出血のせいか頭がぼんやりして体が鈍りのように重かった。

辺りを捜してみたが宍戸と鳳の姿はなく、目に映るのは死体ばかり。

とうとう限界が来て、白石は音楽室と書かれた教室に入りピアノの近くに置いてあった椅子に腰を下ろした。

「痛たたた……あかん。だんだん酷なって来た。学校なら保健室くらいあるかと思ったんやけど……」

職員室やトイレなどは見かけたが保健室と書かれた教室は見当たらなかった。

仕方なく職員室で見つけたカッターで上着を切り裂き、包帯代わりに腰に巻きつけたがこれで血が止まるとは到底思えなかった。

それでも痛々しい傷口を見ないで済むだけマシなのかもしれないが。

「千石、怒ってるやろか。一人で逃げた薄情者やて思われてたらどないしよ」

傷の痛みのせいか出て来るのはため息ばかりだ。

本当に今日はツイてない日だと自分の運の悪さを呪いたくなったその時、ふと机の前に倒れている白骨死体に目が止まった。

ここで息絶えた犠牲者だと思われるが、学生服を着たその死体は右手に薄汚れたノートを持っていた。

何かの手掛かりになるかとノートを拾って確かめてみると、そこには犠牲者が残したメモが記されていた。

「何やこれ……境界って……」

そこには"幸せのサチコさん"というおまじないを行って天神小学校に迷い込んだ事や、怨霊の呪いによって仲間が命を落とした事などが記されていた。

さらに天神小学校には幾つもの空間が存在し、たとえ同じ場所にいても違う次元にいると出会えないと記されている。

ノートを書いた人物はその点在する空間を"境界"と表現し、境界は犠牲者達の記憶によって作られると考えていたようだ。

境界を行き来する事は可能だが、その方法は酷く曖昧なもので天神小学校の空間が不安定になった時や、犠牲者の強い残留思念に触れた時などはっきりとはわかっていないらしい。

だが天神小学校に存在する強い残留思念……怨霊を鎮める事ができれば、境界が不安定になり自分達の記憶を辿って元の世界に帰る事ができるかもしれないと記されている。

「7つの残留思念……7人の亡霊?」

傷の痛みも忘れてノートの記述を目で追っていると、突然物音がして黒板に文字が浮かび上がった。

音楽室の中には誰もいないはずなのに、まるで今そこに誰かが立ってチョークで文字を書いているかのように次々と文字が浮かび上がっていく。

「ピアノの下を見ろ……?」

黒板に記された文字を読んで白石は何気なくピアノの下を覗き込んでみた。

ピアノの真下には直径30センチ程の穴が空いていたが、その穴の中に何かがぶら下がっていた。

床に膝をつき手を伸ばして引き上げてみると、それはサッカーボール程に膨らんだ風呂敷包みだった。

見た目に反してどっしりとした重さがある。

それに少し湿っているようだ。

「……なっ!」

中身を確かめようと風呂敷包みを解いた白石は一瞬絶句して、それからまたすぐ風呂敷を元に戻した。

冷や汗が頬を伝い両手がじっとりと汗ばむ。

中に入っていたのは人間の首だった。

骨格からすると白石と同い年くらいの男子中学生の首のようだ。

「っ……」

何度も深呼吸をしてようやく落ち着きを取り戻した白石は、もう一度犠牲者のノートに視線を移した。

すると7人の亡霊の中に"体育館の首無し生徒"という項目を発見し、恐る恐る風呂敷包みに目をやった。

ノートを書いた犠牲者は亡霊を鎮める為に、その亡霊が探している首を見つけて供養しようとしていたらしい。

だがその途中で何者かに襲われ命を落とした。

ノートには"黒服の男"が生存者を襲ってると記述があるので、そいつが犯人なのかもしれない。

「ほんまにこれ持って行くん?」

誰とも無しに呟いて白石は深いため息をついた。

非常に気味が悪いが脱出の可能性がある以上、他に選択肢はない。

ノートには手描きと思われる学校の見取り図も入っていたので体育館への道はわかるが、そこまで誰かの生首を素手で運ばねばならないというのはもはや拷問に近い。

「……よし!こういう時は考えてても仕方あらへん。千石やないけど行動あるのみや!」

両頬を叩いて自分を叱咤すると、白石は意を決して生首入りの風呂敷包みを手に取った。

右手は懐中電灯で塞がっているので、見つけたノートは背中に差し込んで白石は音楽室を後にした。

歩く度に揺れる風呂敷包みはなるべく気にしないようにして体育館への道を黙々と進む。

幸い音楽室から体育館まではそれほど離れておらず、廊下を真っ直ぐ進んでつきあたりに体育館の入り口があった。

「……失礼します。誰か……いや、誰もおらんか」

体を滑り込ませるようにして体育館の中に入った白石は、一歩踏み出そうとして何かに躓き慌てて体勢を持ち直した。

「っ……また仏さんや」

体育館の床にはたくさんの死体が転がっていた。

白衣を着た成人男性、白骨化した女生徒、折り重なるようにして倒れている女性……。

無数の死体が横たわっているが、共通しているのは首が無い事だった。

刃物で切られたというより、無理やりもぎ取られたような無惨な痕が残っている。

「みんな亡霊に首取られてしもたんか……」

ノートに記されていた記述を思い出して白石は心底震え上がった。

首の無い亡霊は失くした自分の首を求めている……だから生きている人間の首を狙うのだと。

「……確か亡霊は俺と同じ中学生やったな。けど、どれが亡霊の死体なんかわからへん」

ノートには亡霊に関する具体的な情報までは記されていなかった。

わかっているのは、首無し亡霊が男子中学生であり生前は運動部に所属していたスポーツマンだったという事だけだ。

白石は風呂敷包みを手にしたまま、床に転がる死体を一つ一つ確認していった。

自分と同い年くらいの死体を探して、尚且つその中でもスポーツをしていたような人物を探した。

日焼けしている者や筋肉が多い者。

けれど既に白骨している死体も多く、全てを確認する事はできなかった。

「どれなんや。これじゃ首返されへん」

焦りの表情を浮かべながら死体を調べていた白石は、見覚えのある制服を見つけて背筋が凍りついた。

「嘘やろ?……そんなはず……」

恐る恐る近づいてうつ伏せに倒れた男子生徒の死体をひっくり返すと、白石は全身の力が抜けたように尻餅をついて呻き声を上げた。

「っ……なんでや……なんでお前がここに……っ」

それ以上はとても言葉にならなかった。

血で汚れてはいるものの、それは紛れもなく氷帝学園の制服だった。

近くには見覚えのある帽子も落ちている。

「っ……宍戸……」

首が無くともそれが誰の死体なのかすぐにわかった。

いっそのこと気づかなければよかったと思うくらい無惨な姿で宍戸はそこに横たわっていた。

見知った人間の死を目にして白石は胃がひっくり返りそうな程の吐き気に襲われた。

目を閉じても一度見てしまった光景は忘れられず、突きつけられた事実を否定する事はできなかった。

ふらふらと立ち上がりながら宍戸の死体から目を逸らした時、バスケットゴールの下に立つ人影に気づいた。

制服を着た男子生徒はマネキンのように茫然とその場に立ち尽くしている。

しかしその体には首が無かった。

「……」

白石は少し迷って、それからゆっくりと首の無い男子生徒に近づき持っていた風呂敷包みを開けた。

男子生徒の体が反転して白石と向き合い、雷に打たれたかのようにびくりと震える。

「……あんたは宍戸の仇や。けどこれはあんたに返す」

白石がそっと首を風呂敷の上に置くと、首の無い男子生徒が床に跪いて風呂敷の上の生首を手に取った。

歪んだ表情を浮かべた生首が胴体の上に乗せられ、瞳が一瞬ぐるりと回って目の前に立つ白石の姿を映し出した。

『……俺の首……やっと見つけた……!』

歓喜の声と共に男子生徒の瞳から涙が零れ落ちた。

その様子を白石はただ黙って見つめていたが、やがて男子生徒は落ち着きを取り戻して白石に深く謝罪をした。

『俺の首を見つけてくれてありがとう……』

「……あんたの首を見つけたんは別の人や。俺はその人の代わりに運んだだけや」

『そうか……感謝するよ』

男子生徒は深く息を吐き、それから体育館の惨状を目にして悲しげに目を伏せた。

『俺はただ自分の首を取り戻したかっただけなのに……なんて事を……』

「あんた悪い奴には見えへん。ほんまにこれはあんたの仕業なんか?」

『俺がやったのは間違いない。でもこれは俺の意思じゃない。……確かに俺は自分の首を探してた。でも誰かを傷つけようなんて……』

「どういう事や?」

『ずっと気が遠くなるような時間、俺は首を探してた。全然見つからなくて諦めかけた時だった。"サチコ"っていう赤い服の女の子に会ったんだ。その子は俺の首を誰かが盗んだって言ってた』

「首を盗んだ?」

『最初は信じてなかった。けど探しても探しても見つからなくて、俺の首を盗んだ奴が許せなかった。その内だんだんと自分の意識が薄れていって、気がついた時にはもう自分で自分を止められなくなってた』

「……」

『頭の中で何度も少女の声が聞こえて、首を取り戻せって……』

「操られたっちゅー事か?」

『わからない。でもこの学校にいると少しずつ狂っていくんだ。友一や美江がそうだったように……』

「!」

男子生徒が呟いた名前に白石はふとノートに記されていた7人の亡霊の事を思い出した。

「それもしかして……」

白石が言葉にする前に男子生徒は悲しそうな顔で頷いた。

『ああ。あいつらも俺と同じようにこの学校をさまよってる……。でもあいつらだって本当は誰かを傷つけたいなんて思ってないんだ』

「……」

『こんな事頼むのは間違ってると思うけど、もし可能ならあいつらを救ってくれ……』

男子生徒の姿が揺らぎ薄れていく。

蝋燭の炎が吹き消されるように、瞬きをした時にはもうそこに男子生徒の姿はなかった。


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