Chapter2

保健室を後にした3人はひとまずA棟から調べて行く事にした。

懐中電灯の明かりを頼りに廊下を進むが、時折聞こえて来る雷の音が嫌でも3人の恐怖心を煽る。

職員室の前を通り過ぎ、相談室、進路指導室を確認して3人は南西にある食堂の方へと向かった。

食堂エリアはA棟に付属する形で数年前に増設された校舎で、元々C棟にあった音楽室と美術室もこちらに移転している。

昼間は多くの生徒で賑わっている場所だけに、人の気配が全くないとただそれだけで不気味に感じてしまう。

刻命はいつも弁当を持参しているので食堂を利用する回数は少ないが、時折友人達に誘われて食堂で昼食を取る事もある。

花嫁修業をしている姉がユキの弁当を作るついでに刻命の分も作ってくれるのだ。

ただいかんせんユキ好みのお弁当なので、男子高校生が学校で食べるには少々気恥ずかしいものがある。

いつだったか刻命が可愛らしいクマののり弁を食べているのを見て、クラスメートの女子が硬派な刻命に彼女ができたのではないかと噂になった事があった。

事情を知っている黒崎は大笑いしていたが、あの時は誤解を解くのにかなり苦労した。

後でその話を聞いた姉が気を利かせたおかげで、今ではごく普通の弁当になっているが、時々うさぎの形をしたリンゴが入っていたりする。

「何か聞こえないか?」

廊下を歩いていると不意に日吉が呟くように言った。

ユキと刻命も耳を澄ませてみる。

すると確かに廊下の奥から物音とは違う透き通った音色が聞こえた。

「ピアノの音?」

「音楽室があるのか?」

「ああ。こっちだ」

刻命が先頭に立って音楽室の扉を開けると、ぴたりと音色が止まった。

懐中電灯で教室の中を見回すが、ピアノの近くには誰もいない。

近寄ってみるがピアノには特に変わった様子もなく、棚の上に置かれたCDプレーヤーもオフのままだった。

「どうしてピアノが鳴ってたの……?」

不安そうにユキが呟いた次の瞬間、暗闇から突然何かが飛び出してユキと日吉の肩に覆い被さった。

「きゃああああ!!」

突然の出来事にユキが悲鳴を上げると、ふと一瞬日吉の姿が刻命の視界から消えて呻き声が上がった。

「ぐあっ!」

暗闇の中で何かがよろめき派手な音を立てて椅子が倒れる。

「お兄ちゃん!!」

パニックになったユキは必死に刻命にすがりつくが、刻命はうずくまる人影に懐中電灯を向けて深いため息をついた。

「黒崎……何をやってるんだ」

ピアノの横にうずくまった黒崎は「痛ってえ……」と呟きながら脇腹を押さえている。

額に大粒の冷や汗が浮かんでいるところを見ると、よほどの衝撃を受けたようだ。

「健兄……?」

「うう……き、刻命お前……何すんだよ。ちょっと脅かした……だ、だけじゃん……痛っ」

黒崎は脇腹を押さえながら恨めしそうに刻命を見上げるが、刻命が立っているのは窓際でピアノからはだいぶ離れている。

先程の騒ぎでも刻命はその位置から一歩も動いていないのだ。

たとえ事前に黒崎に気づいていたとしても手が届く範囲ではない。

「え……あれ?」

てっきりユキを脅かした事で刻命の怒りを買ったのだと思った黒崎は、離れた場所に立つ刻命を見て首を傾げた。

黒崎はピアノの前に二人が立っているのを見て悪戯心で脅かしたのだが、その内の一人がユキだとわかったのでその隣にいる人物は刻命だと思い込んでいたのだ。

「な、なんで知らない間に人数が増えてんだ?つーかお前どう見ても氷帝の中坊じゃん。さっきのお前がやったのか?」

日吉は服についた埃を払うと不機嫌そうに黒崎を睨んだ。

「いきなり襲ってきたのはそっちだろ」

「……黒崎、お前今までどこにいたんだ?」

刻命が尋ねると黒崎はまだ痛む脇腹をさすりながら怒ったように刻命とユキに向き直った。

「それはこっちのセリフだっての!懐中電灯取って戻って来たら誰もいねえし、げた箱見たらまだお前の靴があったから校舎内にいるんだと思って捜してたんだよ!」

黒崎の言葉に刻命兄妹は顔を見合わせて黙り込んだ。

どうやら校舎内から消えたのは自分達の方で、黒崎はずっと自分達を捜していたらしい。

「とにかく一度保健室に戻ろう。先生達が戻って来てるかもしれない」

「は?保健室?」

黒崎は訝しげな顔をしていたが、事情は後で話す事にして刻命達は保健室に戻る事にした。

音楽室を出て廊下を歩いていると、ふと日吉が思い出したように黒崎に尋ねた。

「ところでさっきピアノを鳴らしていたのはあんたか?」

「いや、俺じゃないぜ。つーかピアノの音が聞こえたから音楽室に行ったんだよ。けど俺が行った時には誰もいなかったな」

それを聞いて驚いたのはユキ達だった。

「え?健兄じゃ……ないの?」

「……」

黒崎の話を聞いて日吉は足を止めた。

後ろを振り返りもう一度耳を澄ませる。

自分達以外に人の気配は感じないが、先程ピアノを鳴らしていたのが本当に黒崎でないのなら他にも誰かいるはずだ。

食堂エリアは一本道で音楽室を出てから真っ直ぐ廊下の曲がり角まで来たが誰もいなかった。

という事は、ピアノを鳴らした犯人はまだあのエリアのどこかにいるはずだ。

「おい!」

黒崎が止める間もなく日吉は刻命から懐中電灯をひったくるとすぐに音楽室へと戻った。

勢い良く扉を開け教室の中を見回すがやはり誰もいない。

だとすれば可能性があるのは、音楽室の向かいにある美術室だ。

ピアノを鳴らして黒崎がやって来る前に美術室に飛び込めば誰にも気づかれずに済む。

「……」

警戒しつつ美術室の扉を開けて中の様子を窺う。

懐中電灯の明かりで隅々まで確認するが人の気配はない。

それならばと隣にある準備室の方も調べてみたが結果は同じだった。

音楽準備室の方は鍵が掛かっていて入れないし、廊下のつきあたりにある非常口は開けられた形跡がない。

第一、外は大雨なのだから非常口の扉が開いたら誰かが気づくはずだ。

「……誰がピアノを鳴らしたんだ?」

ぼそりと呟いた疑問は闇に溶け込んで消えた……。


→To Be Continued.

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