第八章 端倪

「……遅いな」

昇降口前の掲示板に背を預けたまま、幸村は深いため息をついた。

二階の廊下で赤也達と別れてからもう随分立つが、一向に来る気配がない。

辺りを見回してもこの暗闇ではあまり意味がないし、赤也とユキの名前を呼んでも返事はない。

もう一度ため息をついて幸村はポケットの中を探った。

鞄はおそらく立海大附属中のミーティングルームに放置されたままになっているので、現在の所持品と言えばおまじないの切れ端が挟んである学生手帳とハンカチくらいだ。

メモを残したくてもペンがなければ文字が書けない。

「無いよりはマシか」

仕方なく幸村は落ちていた画鋲を拾って、ハンカチを掲示板に打ちつけた。

ハンカチには自分の苗字が刺繍されているので、赤也達が見ればすぐにわかるだろう。

幸村は雨が降る窓の外に目をやって、それから東側へと向かった。

二階に上がり二人と別れた場所まで戻ってみたが、やはりそこに赤也達の姿はなかった。

「一体どこへ行ったんだ……」

仕方なく来た道を引き返して階段へ向かうと、廊下の角で二人の男女に出会った。

「君は……?」

「ほら、袋井!やっぱり私達以外にもここに迷い込んだ人がいたのよ!」

一人は眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気の男子生徒で、もう一人は少し気が強そうな女子生徒だった。

着ているのは氷帝学園の近くにある白檀高等学校の制服だ。

「その制服は確か立海の……」

「中等部の幸村と言います」

「やっぱりそうか」

「私は白檀高校の山本美月。こっちは生徒会長の袋井雅人。どっかで黒崎……あ、えっと、白檀高校の生徒を見なかった?」

「いえ……。俺もテニス部の仲間達とここに来て、はぐれてしまったんです」

「君もあの"おまじない"をやったのか……?」

「という事は……」

「ああ。俺達も同じだ」

「こんなのおかしいよ。何が起きてるの……?黒崎も全然見つからないし、凍孤達だって……」

「とにかく偶然とは言え同じ境遇の人に出会えたんだ。健介達だってきっとすぐに見つかるさ。幸村君、だったね?君も友達を捜してるなら俺達と一緒に行動しないか?その方が安全だと思うんだ」

「……」

幸村は少し考えた後、袋井の意見に同意した。

「そうですね。ここは何が起こるかわかりません。単独行動は危険かもしれない」

「決まりだな。行こう、美月」

「うん」

3人は途中で見つけた真新しい懐中電灯を手にして校舎の探索を続けた。

目につくのは何者かに殺害された無惨な遺体ばかりだったが、図書室を訪れた時、奇妙な滑車のついた装置を発見した。

「何だろ、これ」

「糸……いや、ピアノ線かもしれないな」

「レバーがついているという事は何かの仕掛けを動かす装置かもしれません」

「なんで学校にこんな物があるのよ」

「確かに不自然だが、見たところ危険は無いようだし動かしてみよう」

「気をつけてよ」

「ああ、わかってる」

袋井が装置のレバーを下ろすと、滑車が動き出して糸が巻き上げられていった。

どこかで何かが倒れるような物音が聞こえる。

「今の音は?」

「下の階から聞こえた気がします」

「何か変化があるかもしれない。行ってみよう」

多少の期待と不安を胸に一階まで下りると、保健室の近くに同じような装置が置かれていた。

装置の下の床は回転扉になっており、図書室の装置を動かした事で反転したようだ。

「どこかに繋がっているみたいだな」

「これも動かしてみる?」

「待って下さい!これを……」

幸村が懐中電灯で足元を照らすと、腐敗した床の下にきらりと光る線が見えた。

「これは滑車に繋がった糸か?」

「じゃあ装置を動かしたら……」

「ああ。きっと無事では済まなかっただろうな」

「っ……」

見えない悪意に美月は冷や汗を流しながら後ずさる。

「保健室の前まで下がれば大丈夫そうだ。俺が装置を動かすから二人は下がっていてくれ」

「ちょっと袋井、本当に大丈夫なの?」

「装置の近くの糸は壁の中を通っているから問題ないよ」

幸村と美月が後ろに下がったのを確認してから、袋井は床にしゃがみ込んで装置のレバーを動かした。

すると今度は図書室で聞いたよりももっと大きな音がして校舎が揺れた。

「きゃっ!」

「!」

驚いて体勢を崩した美月を幸村が支える。

装置の側に跪いたままの袋井も壁に手をついて揺れが治まるのを待っている。

「……治まったか」

揺れが完全に消えたのを確認して袋井が立ち上がる。

「もう大丈夫だぞ、美月。……幸村君が困ってるから、そろそろ……」

「え?あ……」

ぎゅっと掴んだままの幸村の制服に気づいて美月は慌てて離れた。

「ご、ごめん。つい……」

「いえ。それよりさっきの音はすぐ近くから聞こえたような……」

「ん?二人共、こっちに来てくれ!」

袋井の声に美月と幸村が廊下のつきあたりへ向かうと、そこにはさらに奥へと続く廊下があった。

「嘘、どうなってんの。ここ行き止まりだったじゃない」

「そうか、これが"伸びる廊下"か……」

「伸びる廊下?」

「教室で見つけた犠牲者のメモに書いてあったんだ。この学校のどこかに"伸びる廊下"があると。あの時は何のことかさっぱりわからなかったが……」

「扉の向こうに渡り廊下が見えますね」

「ああ。もう一つ校舎があるみたいだ」

「どうする?行ってみる?」

「……行くしかないだろうな。もうこの校舎は全て捜したはずだ。でも健介達の姿はなかった」

「そうだよね……。うん、行ってみよう」

歩き出す二人に続こうとした幸村は、ふと誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返った。

「……気のせいか?」

暗闇の中に人影はない。

「どうしたの?」

「……いえ、何でもありません」

美月が声を掛けると、幸村は静かに首を振って渡り廊下へと足を踏み出した。


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