第六章 転遷

窓を叩く雨音、風で軋む老朽化した壁、歩く度に悲鳴のような音を立てる床。

どれだけ辺りを見回してみても、ここに立海大附属中の校舎の面影はない。

取れ掛かった1年A組の表札を見上げながらユキは不安そうな顔で呟いた。

「やっぱりここ……立海じゃないよね?どう見ても廃墟だし……」

「くそ、どうなってんだよ。夢でも見てんのか?」

隣に立つ赤也も困惑した様子で辺りを見回している。

海原祭が終わった放課後、男子テニス部のレギュラー達はミーティングルームに集まって"幸せのサチコさん"というおまじないを行った。

紙でできた人形を皆で引っ張ってちぎり、その切れ端を持っていると固い絆で結ばれるという少し変わったおまじないだったが、ユキが提案したそれに幸村達も賛成し全員で行ったのだ。

だが気がつくと見知らぬ教室にいて、幸村達の姿がどこにもなかった。

「ねえ赤也、とりあえずここから出よう?暗いし、何か怖いよ……」

「そうだな。ここは二階みてえだから早く一階に下りようぜ」

ユキと赤也は教室を出て南東の階段から一階にある昇降口へと向かったが、玄関は固く閉ざされどんなに力を込めてもビクともしなかった。

「鍵……掛かってないはずなのに」

「くそ、開けよ!このっ」

赤也が扉に体当たりを繰り返していると、廊下の奥から足音が近づいて来て昇降口の前で止まった。

「ユキ、赤也!」

「え?幸村君!」

驚いて振り返るとそこに立っていたのは我らが部長、幸村精市だった。

幸村も気がついたらここにいて、出口を求めてこの昇降口にやって来たらしい。

「幸村部長、これって丸井先輩達の悪戯じゃないんスか?」

「そう思いたいが、可能性は低いだろう。これほど手の込んだ舞台セットを用意するのは一般人には難しいし、それに……」

「?」

珍しく口ごもる幸村に、ユキも赤也も首を傾げる。

「どうかしたんスか?」

「……いや、それより玄関は開かないようだね。別の出口を探すしかないか」

「別の出口たって……」

「学校なら普通非常口とかあるんじゃない?体育館と繋がってればそっちから出られるかも……」

「そうだね。調べてみよう。……何があるかわからない。二人共、十分注意するように」

「うん」

「了解っス」

三人は薄暗い校舎の探索を始めた。

老朽化して崩れかけた床や天井、割れたガラスの破片や散らばった木片。

携帯電話も圏外のまま外部との連絡手段も見つからず、一階の窓を開けようと頑張ってみたが全て無駄に終わった。

「くそ!なんで開かねえんだよ!!」

苛立ちを抑えきれずに赤也が校舎の壁を蹴った瞬間、突然目の前がくらりと歪んだ。

窓ガラスががたがたと音を立て、点滅する蛍光灯がブランコのように揺れている。

「地震!?」

「落ち着いて!何かに掴まるんだ!」

「ユキ!俺の手を掴め!」

「!」

教室の柱に捕まりながら赤也は必死に手を伸ばした。

床の裂け目に飲み込まれそうになったユキは慌てて赤也の手を掴み教室側に移動する。

しばらくして地震は治まったが、二階の廊下は東と西で完全に分断されてしまった。

「どうしよう、これじゃ幸村君が……」

ユキは不安そうに裂け目の反対側に立つ幸村を見つめる。

「これはさすがに通れそうにないな……。一階で合流しよう」

「そうっスね。じゃあ昇降口で待ってるんで早く来て下さいよ幸村部長」

「ああ。二人共、気をつけて」

ユキと赤也は廊下の奥へ消えていく幸村の背中を見送ってから東側の階段から一階に下りた。

昇降口に辿り着いて幸村を待つが、いつまで経っても幸村は来なかった。

二人共時計を持っていないのであれからどれくらいの時間が経ったのかわからないが、あまりにも遅過ぎる。

「どうしたんだろう幸村君……何かあったのかな」

「ったく、何やってんだよ。……しょうがねえな。ユキ、お前ここで待ってろ。俺が部長連れて来るから」

「でも……」

「誰かここで待ってないと行き違いになったら困るだろ」

「うん……そうだね。わかった」

「絶対動くなよ」

「うん。気をつけてね赤也」

そう言ってユキは去って行く赤也の姿を見送ったが、赤也は5分程度ですぐに昇降口へと戻って来た。

「どうしたの?」

「それが……たぶんさっきの地震だと思うけど、階段前の廊下が崩れてて幸村部長がいた二階に行けなかったんだよ」

「え!そうなの?」

ユキは驚いて赤也と一緒に西側の階段へと向かった。

すると確かに赤也が言っていたように、階段前の廊下に大きな裂け目ができていて西側に渡る事ができなくなっていた。

「ここから呼んでみたけど返事もなかったし。たぶん上の階にいるんじゃねえの?」

「じゃあここで待ってたら幸村君と合流できるかな」

「だとしても、これじゃどっちにしろ渡れねえじゃん」

「そうだよね……。どうにかして向こう側に渡れる方法ないかな」

ユキはじっと裂け目の向こうを見つめながら考え込むが良い案は浮かばなかった。

「ロープとかあればこう壁伝いに歩いてあっち側に渡れねえかな?」

「それは危ないよ。だってほら、この穴結構大きいし。底だって全然見えないもん。もしすごく深い穴だったりしたら落ちたら上がって来られなくなるかも……」

「じゃあ……その辺の教室の扉とか持って来て橋にするってのはどうだ?」

「うーん、重過ぎて落ちちゃうんじゃないかな。上手く掛かったとしても、上に乗ったら絶対落っこちるよ」

「じゃあどうすんだよ」

穴の前で二人は途方に暮れたように立ち尽くす。

「せめて明かりでもあれば……」

「明かり?」

「この穴がどれくらいの深さなのかわかれば、赤也が言ったようにロープで向こう側に渡れるかもしれない。万が一落っこちても距離を考えて体にロープを結んで置けば、底まで落ちる事はないだろうし」

「じゃあ何か明かりになる物とロープ探してみるか」

「うん。ロープはわからないけど、明かりなら理科室とかにないかな?」

「理科室?」

「アルコールランプとか、あるんじゃないかなって」

「あ、そっか。じゃあまず理科室に行ってみるか」

「うん」

ユキは頷いて赤也と共に廊下を歩き出した。


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