Book of Shadows

妹を救う為、悪夢の世界へ舞い戻った俺は、白檀高校の生徒を捜して校舎内を駆けずり回った。

逆打ちをする為には最低でも2枚の切れ端が必要となる。

それも同じ人形から切り離された欠片でなくては意味がない。

ユキの生徒手帳に入っている切れ端では逆打ちを行う事はできないし、俺はネクロノミコンによって悪夢の中へ誘われた人間。

当然切れ端など持っていない。

校内の至る所に白骨死体が転がっているが、この状態ではたとえ切れ端を所持していたとしても、同じ人形の切れ端を見つけ出す事は困難だ。

身元のわかる死体を見つけても、同じ学校の生徒だからと言って同じ人形の切れ端を持っているとは限らない。

もし失敗すればユキはまたこの悪夢の中に取り残され、俺はもう一度妹を失う事になる。

失敗は許されないのだ。

唯一の希望はユキが所持していると思われる刻命裕也の学生証だ。

あの中には確かにおまじないで使った切れ端が入っていた。

ユキが刻命のブレザーを着用している限り、学生証もポケットの中に入っているだろう。

となれば、白檀高校の他のメンバーを捜して切れ端を集めるしかない。

確か忍足は3人天神小の悪夢から脱出したと言っていた。

黒崎、袋井、美月……3人の切れ端はここには無い。

残るは悪夢で見た他のメンバー、凍孤、恵美、刻命の3人だ。

そして刻命の切れ端はユキが持っている。

つまり俺が捜すべき人物は凍孤と恵美の二人。

どちらかを見つけて切れ端を入手すれば、ユキの持つ切れ端と合わせて逆打ちを行う事ができる。

俺はまず更衣室前の廊下へと向かった。

確かここに白骨化した女子生徒の死体が転がっていたのだ。

その死体は白檀高校の学生証を持っていたはず。

あれが誰の死体なのかわかれば手掛かりになるはずだ。

運良く切れ端を持っていたら、後はユキと合流するだけ。

それが一番困難だとは思うが前進にはなる。

そう考えて廊下の隅に転がる白骨死体を調べると、案の定制服のポケットから白檀高校の学生証が見つかった。

クラスや苗字は血で汚れて読み取れないが、名前は恵美と書いてある。

おそらく刻命達と一緒にここへ来た卜部恵美という女子生徒だろう。

「……これは!」

骨の下敷きになっていたブレザーを探ると、胸ポケットからおまじないに使ったと思われる切れ端が見つかった。

だが残念ながら切れ端は大きく引き裂かれ二つに割れてしまっている。

殺された時の衝撃で破れてしまったのだろう。

これでは使い物にならない。

オカルトに詳しい冴之木の話によると、一度おまじないに使った切れ端は多少汚れていても形さえ残っていれば効力を発揮するが、破れたり元の人形の形を失ってしまうとただの紙切れになってしまうらしい。

つまりこれはただの紙切れで、これで逆打ちを行っても何も起こらないという訳だ。

俺は深いため息をついて紙切れを捨てた。

これで残るは霧崎凍孤というあの女子生徒が持っていた切れ端のみ。

彼女が今も切れ端を持っていれば回収できるかもしれないが、もしどこかで失くしていたり卜部のように原型を留めていなかった場合は、他の誰かの切れ端を探すしかない。

しかしそれはほとんど絶望に近い。

度々頭の中に流れ込んで来る意識は非常に不安定ではっきりしない曖昧なものが多い。

それが誰かの記憶や感情である事はわかるが、それがいつどこで起きた出来事なのか、誰と出会い何を話したかという具体的な事まではわからない。

たいていは誰かに対する怨みだったり、無念のまま死を遂げた事による生への執着心ばかりだ。

死の直前にその人物がどんな行動を取り、何を考えていたのか、曖昧な意識の中でそれを探る事は難しい。

だからこそ刻命裕也のような強い意志を持つ人間は、今の俺にとって貴重な情報源なのだ。

たとえそれがどんなに危険な事であろうと、他に選択肢がない以上、刻命の意識と同調して他の人間の動向を探るしかない。

刻命が最後に霧崎の姿を見たのは理科室だ。

例の出来事で別れた後、刻命はユキと理科室を訪れてそこで霧崎の死体を目撃している。

霧崎の身に何が起きたのかまでは探れなかったが、重要なのは死因ではなく今も切れ端を所持しているかどうかだ。

「……あれか」

理科室の扉を開けた俺は、机の横に転がる白骨死体を見つけて歩み寄った。

血に染まった制服は長い年月の内にすっかり朽ちてしまっているが、骨の隙間から覗く小さな巾着袋を見つけて開けてみると、中には御守りらしき木札とおまじないに使った切れ端が入っていた。

御守りの木札は真っ二つに割れてしまっているが、切れ端の方は大丈夫そうだ。

これで脱出への希望は見つかった。

後はユキを見つけて逆打ちを行うだけだ。

そうすればようやくこの悪夢からユキを救い出す事ができる。

思わず口元に笑みを浮かべて、それからふとサチコが言っていた悪夢の話を思い出して背筋が凍った。

この悪夢を作り出した人物がいる。

暗い場所に囚われていたサチコを解き放ち、何らかの目的で悪夢の天神小学校を作り出した人物。

最後に会った時、サチコは妙な事を言っていた。

この悪夢は"願いが叶うまで"何度でも繰り返されると。

……願い、か。

そうだ、俺には叶えたい願いがある。

ここに来るまで忘れていた妹の……ユキの存在。

14年前に失った何かを取り戻す為に俺はここに来た。

それが何なのか知りたいと強く願ったのだ。

その結果、俺は願いが叶うという本を開き、気がついたらこの悪夢の中にいた。

つまりここは……俺が作り出したのか。

もう一度あの場所に戻って確かめたいという思いが、この天神小学校を蘇らせた。

サチコと名乗るあの悪魔のような少女を解き放ってまで、俺は悪夢を作り出した。

全ては失った記憶を取り戻す為……ユキをこの悪夢から救い出す為に!

だがそのせいでユキはこの悪夢に囚われてしまった。

何度も何度も繰り返される悪夢。

失敗する度に俺は願った。

もう一度、ユキを救うチャンスが欲しいと。

その願いをあの本は叶えた。

俺は再び悪夢の世界に舞い戻り、ユキを捜して彷徨い続ける。

そしてまた妹を失い、悪夢を繰り返す。

……ユキを苦しめていたのは俺なのか?

何度もこの悪夢を繰り返し、ユキを追い詰めていたのか?

「違う!俺は……あいつを救い出す為に……!」

それは所詮、言い訳に過ぎなかった。

ユキを苦しめる悪夢を自分が作り出していたのだから、ユキが怯えるのは当然だ。

妹を救いたいという自己満足の為に、俺はユキを利用していたのだ。

「……」

全身から力が抜け、俺は倒れ込むように廊下に出て壁に背を打ちつけた。

すると横からあの忌々しい笑い声が聞こえた。

振り向くとそこに、赤い服を着たサチコが立っていた。

「……お前は何もかも知っていたんだな?」

「ふふふ……」

サチコは笑っている。

愚かな夢を見て一人彷徨い続けた馬鹿な俺を嘲笑っている。

「お前はどこかに囚われていたと言っていたな?」

「そうだよ。ずうっと暗い場所にいたの」

「……お前を封じ込めたのは冴之木七星か?」

あいつの呪符の力で天神小学校は消滅した。

その時にサチコも一緒に消えたのだと思っていたが、真実は違っていたのかもしれない。

篠崎家は霊感が強く、サチコも他の霊とは違う強い意志を持っていた。

その事を冴之木七星はずっと危険視していたのだ。

自分も霊感の強い家系に生まれたせいか、その力がどんな災いを呼ぶか不安に思ったのだろう。

天神小学校から脱出した後、あいつは鬼碑忌と共に天神町へと向かい、かつて天神小学校が建っていたその場所に小さな石碑を建てたのだ。

異世界の天神小学校を焼き尽くしたあの呪符を埋めて……。

それがどんな効果をもたらすのか、冴之木にも確信があった訳ではないだろう。

だがそれで天神小学校の……異世界への扉は封じられた。

少なくともあいつはそう思っている事だろう。

それがサチコの封印という結果に繋がったのかと俺は思った。

だが予想に反してサチコは小さく首を振った。

「違うよ。あたしを閉じ込めたのは"サチコ"だよ」

「何だと?」

「……」

サチコの顔から笑みが消えていた。

暗く深い闇の色を湛えた瞳でじっと俺を見つめている。

その瞳を見ているとどこまでも落ちていきそうな気がして、俺は顔を背けた。

そして気がつくと、俺は見慣れたカフェテリアの席に座っていたのだ……。


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