Book of Shadows

ユキの生徒手帳を見つめたまま考え込んでいると、背後で子供の笑い声が聞こえた。

驚いて振り返ると、廊下に"赤い服の少女"が立っていた。

長い黒髪に隠れて瞳はよく見えないが口元には嘲笑にも似た笑みが浮かんでいる。

「お前は……!」

消滅したはずの天神小学校が存在する時点で嫌な予感はしていたが、やはり悪夢の発端となった篠崎サチコの霊も復活しているようだ。

だがサチコの遺体は14年前に俺達が発見し彼女の誰かに見つけてもらいたいという願いは果たされた。

それで成仏したのだと思っていたが違っていたのか?

「クスクス……ねえ、妹に会いたい?」

「何?」

首筋を嫌な汗が流れた。

向かい合って立っているだけで威圧するような強い力を感じる。

ここが悪夢の世界でなければ今すぐこの場から逃げ出したいくらいだ。

「……どういう意味だ?」

俺が警戒しながら質問を返すとサチコはそれを楽しむかのように下品な笑い声を上げた。

見た目も声も14年前に見た篠崎サチコに瓜二つだが、こいつは本当にあのサチコなのだろうか。

確かに俺達が会ったのは俗に幽霊と呼ばれる存在だったが、他の霊と違ってサチコはおとなしく決して俺達に危害を加えるような攻撃的な性格ではなかった。

ただ自分の体を誰かに見つけてもらいたいという強い願いがあったから成仏できなかったというだけで、自分を殺害し遺体を隠した校長に対してもそれほど怨みを抱いているようには思えなかった。

だが目の前に立っているこいつからは強い殺意しか感じない。

敵意とは少し違う。

まるで怯える人間を見て楽しんでいる虐めっ子のような雰囲気だ。

「ねえ会いたい?」

サチコらしき少女はもう一度同じ質問を繰り返した。

俺が何も答えないでいると少女はくすくすと笑ってにたりと口を開いた。

「会いたいなら会わせてあげる」

「何だと?」

俺はじっと少女を睨みつけた。

こいつはユキの居場所を知っているのか?

いやその前にこいつは本当にあのサチコなのか?

唐突に訪れた変化に俺は困惑していた。

それでもユキに関する手掛かりが欲しくて俺は「どこにいる?」と少女に尋ねた。

すると少女は真っ直ぐ窓の向こうを指差して言った。

「中庭にいるよ。急げばまだ間に合うかもね」

「どういう意味だ?」

俺の質問には答えずに少女は笑いながら面白そうに口を開いた。

「早くしないとまた死んじゃうよ?」

「!」

下品な笑い声を上げる少女に苛立ちを感じたが、今ここで問答を続けていても俺の納得する答えが得られるとは思えない。

それなら先に真実を確かめた方がいい。

あの日も同じようにサチコがユキの居場所を俺達に伝え、中庭でユキと再会したのだから。

俺は仕方なく少女に踵を返して中庭へと走った。

走りながらも耳元まで裂けそうなにたりとした少女の笑みが頭に焼き付いて離れなかった。

階段を下りて北廊下から中庭に出ると、焼却炉の反対側にある大きな桜の木の下にユキはいた。

枝から垂れ下がる縄が首に食い込み、ゆらゆらと揺れている。

「……嘘だ。こんなはず……っ」

思わず呟いていた。

こんな光景は初めて見る。

14年前のあの時の光景じゃない。

これは嘘っぱちだ。

別の誰かの死体と見間違えているのだ。

「……」

恐る恐る近づいて行くと吊られた死体の足元に白檀高校の学生証が落ちていた。

死体が着ているブレザーが半分脱げているので、首を吊った時の衝撃でポケットから落ちたようだ。

裏返して確認してみると、そこには男の顔写真と2年4組刻命裕也という名前が記されていた。

やはりこの血塗れのブレザーは刻命の物だったのだ。

学生証の近くには手帳から切り取ったと思われる遺書が落ちていた。

雨に濡れて少し文字が滲んでいるが見覚えのある字で死の間際の心境が綴られていた。

共に行動していた刻命までもが死に、独りきりになったこと。

昇降口や窓も閉ざされ、最後の望みだった別館への道も絶たれて希望を失ったこと。

孤独に耐え切れず、自ら死を選んだこと。

そして最後に……兄に会いたかったと、そう書き綴っていた。

目の前にぶら下がる死体が妹ではないと否定しながらも俺の目からは涙が溢れて止まらなくなった。

もう何も考えられなかった。

ただ自分が犯した罪の重さに心が耐え切れなかった。

この地獄のような場所に妹を置き去りにして、何も知らずに生きていた自分を許せなかった。

俺は首吊り死体の下でずっと謝り続けた……。


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