Book of Shadows

「白檀高校?」

廊下に横たわる白骨死体が持っていた学生証を見て俺は息を呑んだ。

顔写真は汚れていてよくわからないが、着ている制服には見覚えがある。

ここへ来てから何度も目にしている悪夢の中の女子生徒が着ていた制服だ。

霧崎とか呼ばれていたか……。

だが白骨死体ではこれが誰の遺体なのかはわからない。

あの時おまじないを実行したのは6人、女子生徒は3人いたはずだ。

直接会った事はないが白檀高校の生徒が天神小学校に迷い込んだ事は忍足から聞いて知っている。

だがその内何人が脱出して誰が犠牲になったのかはわからない。

しばらくは立海の連中と行動を共にしていたようだが、特別気にしなかった為かあまりよく覚えていないのだ。

俺は仕方なく腰を上げると二階へと向かった。

朽ちかけた階段を上っているとこれが誰かの記憶の中なのか、それとも自分の意識なのかわからなくなって来る。

時計が止まっているので正確な時間はわからないが、俺がここへ来てもう数時間は経っているような気がする。

呪いに打ち勝つ意志の強さはあると自負しているが、そろそろ本格的に精神がまいってきたようだ。

こんな所に長時間いるのだから無理もないか。

それでもこの学校のどこかに妹の手掛かりがあるのならば逃げ出す訳にはいかない。

そもそもこの悪夢から逃げ出す術などあるのだろうか?

あの時は口寄せの意味を持つおまじないを実行してここへ来た。

だからそれを逆に利用する"逆打ち"で元の世界に帰る事ができた。

だが今回は?

どうやってここへ来たのかも、何故14年前に消滅した天神小学校が存在するのかもわからない。

この学校に戻って来た事自体は俺の意志だったように思う。

だが俺はここに来るまで妹であるユキの存在を忘れていた。

その事を疑問に思った事さえなかった。

俺は何を求め、どうやってここに来たのだろうか。

それがわからない以上どうにもならない。

やれるべき事と言ったら頭の中に入り込む犠牲者達の記憶を手掛かりにユキを捜す事だけだ。

あれからもう10年以上経っているんだ。

ユキが今も無事に生きているとは思っていない。

それでもはっきりこの目で確かめるまでは諦め切れない。

妹をここに置き去りにして、全てを忘れてのうのうと生きていた俺にできる事と言えば、ユキを見つけて弔ってやる事だけだ。

それで許されるとは思っていないが、他にしてやれる事などない。

せめてユキの身に何が起きたのかを知りたい。

その為にはわが身を犠牲にしてでも手掛かりを得る必要がある。

「……またここか」

気がつくと俺は理科室の前に立っていた。

床に落ちた血痕に導かれるように自然と足がここに向いていた。

理科室は相変わらず死体に埋もれている。

出口付近には頭を潰された男の死体が横たわり、その死体の隅から血塗れの生徒手帳が半分覗いている。

手帳を引き抜き確認してみると、やはりそれは立海大附属中の生徒手帳だった。

血塗れなので学生証はほとんど読み取れないが、ユキの生徒手帳に間違いない。

手帳カバーの内側にはおまじないに使った切れ端も入っている。

じっと学生証を見つめ、それから俺はふと違和感を感じて理科室の中に目をやった。

奥に積み重なっている遺体は全て白骨化し骨の山となっている。

壁に飛び散った血痕もとっくに乾いて変色しているし、椅子の上に乗ったままの首も頭蓋骨だけを残して朽ち果ててしまっている。

それは当然だろう。

校舎内の様子があの頃とほとんど変わっていないという事は、ここは14年前に俺達が迷い込んだ天神小学校に間違いないという事だ。

当時既に息絶えて床に積み重なっていた死体がそのまま残っているはずがない。

現に校舎内で見かける遺体は全て白骨化し、放置されてからかなり年月が経っているものばかりだ。

あの日この天神小学校は冴之木七星の呪符によって消滅した。

冴之木がネットに上げたおまじないも鬼碑忌達の手によって消去され、天神小学校の犠牲者が増える事はなくなった。

サチコさんの噂も薄れていき、かつて忌まわしい事件が起きた天神町も今では町名も変わり街並みも随分変わったという。

そんな中で今更"幸せのサチコさん"を実行する人間がいるとは思えない。

つまりこの天神小学校に真新しい死体があるはずがないのだ。

そう……ここに倒れている"頭の潰れた男の死体"を除いて。

「どういう事だ?この光景は確かにあの時の……」

10年以上経っているので記憶は曖昧だが、この理科室の光景だけはよく覚えている。

サチコの遺体があった地下防空壕も校長の狂気に染まっていたが、この理科室の凄惨な光景もずっと忘れられずにいた。

あの時真っ先に理科室の扉を開けたのは切原で、入ってすぐ真新しい死体を見つけて呻き声を上げたのだ。

それがこの頭の潰れた男の死体だ。

その直後にサチコが現れて、中庭で衰弱しきったユキを見つけた。

つまりこの死体は14年前の人間という事だ。

ユキの生徒手帳を持っている事が何よりの証拠だろう。

なのに何故、腐敗する事もなくここに倒れているのか。

床に広がる血もまだ完全に乾き切っていない。

「……」

あまり気は進まなかったが他に手掛かりもない為、俺は仕方なく死体を詳しく調べてみる事にした。

と言ってもやれる事は限られている。

俺は多少医学の知識があるというだけで医者ではないし、死体の検視などできるはずがない。

だから調べられるとすれば大雑把な死因と死体が持っている持ち物くらいだ。

「……こんなものか」

結局見つかったのは3点だった。

一つは携帯電話。

まだバッテリーは残っているようだが圏外のまま電話は通じない。

もう一つはシルバーアクセサリー。

剣のような形をしたペンダントのようだが血がこびりついていてよくわからない。

そして最後の一つは薬だった。

血に塗れていて何の薬かわからないが、小瓶の底には天神小学校と書かれているので保健室から持ち出した物のようだ。

「……」

俺は机に見つけた所持品を並べて、その内の一つである携帯電話を手に取った。

こびりついた血はハンカチで拭き取ったが、壊れかけているのか反応が悪い。

それでもどうにか電話帳を開くと、携帯の持ち主の情報を確認した。

「刻命裕也……?」

その名前には聞き覚えがあった。

ここへ来て何度か見ている悪夢の中でその名を聞いた気がする。

おまじないを行った白檀高校のメンバーの一人だ。

電話帳には他にも黒崎、袋井といった同じメンバーの名前がある。

何かの手掛かりになるかと留守電やメールの内容を確認してみたがこれと言って気になるものは何もなかった。

だがこれではっきりした。

やはりこの死体は14年前の人間だったのだ。

そして死体がユキの生徒手帳を所持していた以上、刻命という男はユキと何らかの関りがあったという事だ。

気になるのは死体がブレザーを着ていない事。

おまじないを実行した時は確かに着ていたはずだが……。

「……ユキに渡したのか?」

もしそうだとすればユキが血塗れのブレザーを着ていた事にも納得がいく。

ユキと刻命は共にこの理科室を訪れ、そして刻命はおそらく校長に殺害された。

現場にいたユキにも血が飛び散り、目の前で見知った男が殺害された事に動揺しあの中庭へ逃げた。

そう考えれば辻褄は合う。

だがそうなるとユキはいつこの生徒手帳を回収したんだ?

あの時確かにユキは自分の切れ端を持っていた。

どうしてユキだけが逆打ちに失敗したのか……その理由はわからないが。

もしユキが自分の生徒手帳を回収していなかったとすれば?

逆打ちに使用したのが自分の切れ端ではなかったとすれば?

……それが理由でユキはこの悪夢から抜け出せなかったのか?


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