Book of Shadows

「今のは……!」

廊下に飛び出した所で俺様はふと我に返った。

慌てて後ろを振り返るがそこにはただ無人の教室が広がっているだけで首吊り死体などない。

それでも嫌な汗が首筋を伝ってすこぶる気分が悪かった。

ここへ来てから同じような悪夢を何度も見る。

いや、ここが悪夢の世界ならばあれはつかの間の白昼夢とでも呼ぶべき幻なのだろうか。

出来の悪い映画を無理やり見せられているようなそんな感覚だ。

少しでも気を抜くと不意に誰かの意識が頭に流れ込んで来るのだ。

この学校で死んだ犠牲者の残留思念なのか、直接頭の中をかき混ぜられるような不快感が襲う。

その中でも"裕也"と呼ばれる人間の意識はかなり異質だ。

他の残留思念とは違い、怨みや恐怖心などはあまり感じない。

だがあまりにも意識が強く、一度頭の中に入り込むとなかなか抜け出せなくなるのだ。

徐々に感覚が麻痺してどちらが自分の意識なのかわからなくなる。

あれはただの幻に過ぎないが、自分の手にはまだ少女を殴り飛ばした時の感覚が残っているようで気持ちが悪い。

俺は残っている感覚を振り払うように手を強く握り締めて校舎の探索に戻った。

目につくのは白骨死体くらいで人の気配は全くない。

やはりここはあの時消滅したはずの天神小学校なのか……。

階段に足を踏み入れると踊り場に明かりの点いた懐中電灯が転がっていた。

いつからここにあるのかはわからないが、まだ電池は残っているようだ。

俺は左手に持っていた蝋燭の火を吹き消すと懐中電灯を手にして先を急いだ。

深い闇の中では懐中電灯の明かりも全く足りていないが蝋燭よりはだいぶマシだ。

そのまま三階へと上り、崩れた天井近くにある女子便所に入ると個室の前の床がきらりと光った。

身を屈めて確認してみるとそれは割れた鏡の破片だった。

だがその近くの穴の中に見覚えのある手帳が引っ掛かっていた。

落とさないように気をつけながら慎重に手を伸ばすと、それはやはり立海大附属中の生徒手帳だった。

理科室で発見し、いつの間にか失くしてしまったユキの学生証。

どうしてここに落ちているのかわからないが、妹の顔写真を見ていると不意に14年前の記憶が蘇った。

最後に見たユキは制服を着ていなかった。

見覚えのない男物のブレザーを羽織っているだけで、靴下さえ履いておらず何故か下着姿だった。

あの時俺は一瞬その事を疑問に思い、それからすぐその思いを打ち消してしまった。

ユキが無事ならそれでいいと、他の些細な事は全て切り捨ててしまったのだ。

だが冷静に考えればあれはかなり不自然だ。

中庭で会ったユキはよほど怖い思いをしたのか泣きじゃくっていたが、左足の怪我以外に深い傷はないようだった。

にも関わらず、あいつは全身血に塗れていた。

あれが誰の血だったのかはわからないが、少なくとも立海の連中じゃない事は確かだ。

脱出した時、幸村達も忍足や宍戸もこれと言って大きな怪我はしていなかった。

それにユキが着ていたあのブレザーは立海の制服じゃない。

血塗れだったのでよく覚えていないが、見慣れた立海の制服ならすぐにそうとわかったはずだ。

勿論、氷帝の制服でもない。

だとするとあれは他の学校の生徒の物か。

そう言えば夢で見たあの高校生達の制服に似ているような気がする。

校章までは覚えてないので確かとは言い切れないが。

もしそうだとしたらあれはまじないを行った黒崎、もしくは袋井という男子生徒の制服だろうか?

……いや、あの場にはもう一人いた。

自分自身……"刻命裕也"と呼ばれる人物が。

この悪夢のような天神小学校でもなお異質な存在であるあの男とユキは何か関係があるのだろうか?


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