第十二章 観念

一方その頃、袋井を捜して別館を探索する幸村と美月は、校舎内を一通り見回って深いため息をついた。

「袋井どこ行っちゃったんだろう。まさかあいつに……」

「いや、それならどこかに死体があるはず。袋井さんは無事ですよ。ただこっちの校舎は全部見回ったので、本館に逃げたのかもしれません」

「……そうね。もう一度あっちの校舎に戻って……」

美月が言い掛けた時だった。

自分達のものではない別の足音が聞こえて二人は息を呑んだ。

だが現れたのはずっと行方不明になっていた黒崎と袋井だった。

「黒崎!袋井!」

「美月さん!よかった、無事だったんだな!」

「袋井、この傷どうしたの!?」

「っ……大丈夫だ。見た目程、悪くはない。ただ少し眩暈がするだけで……」

「とりあえずどこかで休みましょう」

「そうだ、応接室はどう?あそこならでかいソファーもあるし休めるんじゃ……」

「少し距離がありますが、大丈夫ですか?」

「ああ、平気だって。じゃあそこに行こう。もうちょっと頑張れよ、袋井」

「……ああ。すまない」

一行は二階にある応接室に移動してからこれまでの出来事を話し合った。

「え!ユキとブン太に会ったんですか!」

「ああ。そっか、あいつらの言ってた部長って君の事だったんだな。丸井とは途中まで一緒に逃げてたんだけど、幽霊に襲われてはぐれちまって……」

「そうですか……」

「ユキって子の方はたぶん刻命と一緒なんじゃないか?」

「黒崎、刻命君に会ったの?」

「ああ。そのユキって子と一緒にいたからさ。けどあのハンマー男に追われて、でもまあ刻命なら大丈夫だと思うぜ。あいつ体力あるし、頭も切れるからさ」

「……そうだな。あいつならきっとこんな状況でも落ち着いて行動できるだろう」

黒崎から話を聞いた幸村はぎゅっと手を握り締めると、袋井の応急処置を済ませてから出口へと向かった。

「幸村君?」

「すみません。俺は本館に戻ろうと思います」

「……友達が心配かい?」

「はい……」

「……そうだな。こんな状態でなければ手伝いたいんだが……」

「気にしないで下さい。血は止めましたけど、まだしばらくは安静にしていて下さい」

「ああ、感謝するよ」

「幸村君も気をつけてね」

「悪いな。手伝えなくて。怪我した袋井と美月さん放って行く訳にもいかないし」

「いえ、皆さんも気をつけて」

幸村はそう言い残して応接室の扉を閉めた。

一階に下りて渡り廊下に出ると、本館の扉の前に赤い服を着た髪の長い少女が立っていた。

一目見て生きた人間ではないとわかる程、肌は青白く虚ろな瞳をしている。

だが探索の途中で襲われた他の児童と違ってあまり危険性は感じられない。

「君は……?」

「……」

少女は無言のまま扉の向こうへ消えていく。

だが幸村が扉に近づいた瞬間、ガラス戸に"たすけて"という血文字が現れた。

そっと扉を開けると、少女が廊下の奥へ消えていくのが見えた。

どこかへ誘っているのか、それとも何か伝えたい事があるのか。

「……」

幸村は少し悩んだ後、少女の後を追って廊下の角を曲がった。

少女が指差して消えた用務員室に入ると、古びたテレビの前に一人の男性が倒れていた。

渋い色の着物を着た男性で、腹部から大量の血が流れ出している。

「!」

最初は死んでいるのかと思ったが微かな呻き声を耳にして幸村は慌てて駆け寄った。

男性の側には血塗れの包丁が転がっている。

どうやらこの包丁で誰かに刺されたようだ。

「しっかりして下さい!聞こえますか?」

幸村は男性に声を掛けながら部屋にあった物で応急処置をした。

病気で入院した際にこれからは今まで以上に怪我や病気に気をつけようと学んだ事が今回はずいぶん役に立っている。

あの一件がなければ多少の知識はあっても、おそらくこれほど冷静に対処する事はできなかっただろう。

「大丈夫ですか?」

「っ……」

男性は軽く頷いてそっと上半身を起こした。

幸村に支えられながら壁に背を預けると、男性は深く息を吐いて幸村に礼を言った。

「ありがとう……君のおかげで私は命拾いした」

「あまり無理はなさらずに。けれど一体どうしてこんな事に?」

「……正気を失った者に襲われて。どうにかここに逃げ込んで押入れの奥にあった"地下室"を見つけて隠れたんだが……この部屋に戻ってすぐ気を失ってしまったようだ」

「地下室?そんな物がここに?」

幸村はちらりと押入れに目をやって、それから男性に向き直って自己紹介した。

「私は鬼碑忌コウ。ここには取材で来たんだが……来るべきではなかった。まさか彼女があんな……」

「彼女?誰かと一緒だったんですか?」

「あ、いや……カメラマンの田久地君とここに来てはぐれてしまったんだ。それに弟子の七星君もここにいるようで……彼女の姿も途中で見失ってしまった」

「そうですか……」

「君は友人達とここへ来たと言っていたね」

「はい。部の仲間と"幸せのサチコさん"のおまじないをしたらここにいたんです」

「その"おまじない"について詳しく教えてくれないか?」

「え?」

幸村は不思議に思いつつ鬼碑忌にこれまでの事を全て話した。

幸村の話を聞いた鬼碑忌は袂から手帳を取り出すとそれを開いて説明した。

「犠牲者の残したメモにも書いてあったが、君達が行った"おまじない"は言うなれば"死逢わせのサチコさん"だ。本来の"幸せのサチコさん"は児童達の間で語り継がれて来た学校の七不思議の一つで呪術的な要素は何もない」

「それは……どういう事ですか?ここに来たのはあの"おまじない"が原因ではないと?」

「"死逢わせ"というのは東北を中心とした都市伝説で、形代……君達がちぎった人型の紙を使う儀式だ。霊を呼び寄せ己に憑依させる口寄せが元になっていて、私はそれを逆に利用する事でこの異世界の天神小学校へ来た」

「逆に、と言うと……霊を憑依させるのではなく、霊の世界へ自分が行くという事ですか?」

「そうだ。だがここは正確には死後の世界ではなく、その狭間のようだ。故に不安定で幾つもの異なる次元が存在する」

鬼碑忌の説明を聞きながら幸村はふと幽霊の子供達の事を思い出した。

「ここには小学生くらいの子供の幽霊がいるみたいですが、彼らもここに迷い込んだ犠牲者なんでしょうか?」

「いや、あの児童達はおそらく"連続児童誘拐殺人事件"の被害者だ。おさげの少女と少年の顔には見覚えがある。そしてあの鈍器を持った男の事も」

「彼は一体何者なんですか?」

「天神小学校の最後の校長だ。殺人事件の容疑が掛けられていたが真相が明らかになる前に病死している」

そこで幸村は別館の校長室で見た日記を思い出して鬼碑忌に伝えた。

あの日記の内容からすると、やはり校長が児童達を虐待して殺害したのだろう。

死後も狂気に取り憑かれ、快楽殺人鬼と化して学校を彷徨っているのかもしれない。

「過去に二人殺害した……女の方は事故死だと、本当にそう書いてあったのか?」

「はい。娘の方は確かに俺が殺したと、そうも書いてありました」

「だとすると、やはり昭和28年に失踪した篠崎サチコは校長に殺害されて遺体を隠されたのか」

「そのサチコという少女がこの天神小学校を作り出したと言ってましたよね?」

「ああ。あの子は自分の体を見つけて欲しいと願っている。その強い思いが執着心となって成仏できないのだろう」

「サチコの願いを叶えればここから脱出できると?」

「さっき説明した"逆打ち"を行えば元の世界に戻れるだろうが、彼女の願いが成就されない限り、この天神小学校は犠牲者を増やし続けるだろう。それが彼女の意思でなくとも、この天神小学校にはたくさんの怨念が渦巻いている。誰かが解放しない限り、呪いは広がり続ける」

「……」

「殺人事件の被害者であるあの子供達もサチコと同じく強い思いが執着心となっているようだ」

「それは犯人への憎しみでしょうか?」

「いや、あの子達からは直接的な敵意や殺意は感じられない。サチコ程強い霊力を持っていない為、不安定な霊体としてこの学校を彷徨っているようだ……」

「では何に執着しているのでしょう」

鬼碑忌は少し考えた後、手帳に目を落としながら言った。

「あの子達は失った体の一部を探している。校長に奪われた己の体を取り戻すという目的に執着するあまり、それを邪魔する者には攻撃的な態度を取ってしまうのだろう」

「この学校にいるという事は、子供達はここで殺されたんですか?」

「子供達の遺体は地下室で発見された。だが切り取られた耳や舌は未だに発見されていない。あの子達がこの天神小学校に執着しているのは、この学校のどこかに遺体の一部があるからだと私は考えている。それを見つけ出して返してやれば、あの子達はここから解放されるのかもしれない」

「でも何の手掛かりもないんじゃ探しようがありません」

「その通りだ。……七星君ならあるいは見つけ出す事ができるかもしれないが」

「七星さん?弟子の女性ですか?」

「彼女はまだ高校生だが、イタコの家系に生まれたせいか霊感が強い。彼女の力があればあるいは……」

「……わかりました。もしその人に会ったら伝えて置きます」

そう言って幸村が立ち上がると、鬼碑忌は少し慌てた様子で口を開いた。

「待ってくれ!この学校の呪いは精神を蝕む。正気を失った人間に不用意に近づくのは危険だ。もし少しでも様子がおかしいと感じたらすぐに逃げるんだ」

「……肝に銘じて置きます」

幸村はそう言って用務員室を後にした。


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