第十一章 死生

「嘘だろ……」

一通りノートに目を通してブン太は呟いた。

自分達が行った"幸せのサチコさん"とは全く違う内容がそこには記されていた。

「どういう事だよ、これ……。全然違うじゃんか」

「もう一度ちゃんと教えてくれないか。君は本当に"幸せのサチコさん"をしてここへ来たのか?」

「……」

ブン太は困惑しながらも田久地におまじないの事を伝えた。

すると田久地はある事を思い出して手帳を広げた。

「これは後で知った事だけど、"死逢わせ"は元々東北の山村に伝わっていた"口寄せ"が元になっていて、それが例の"死者に逢える家"の噂と混ざって都市伝説になったらしい」

「口寄せって霊を呼び寄せるとか、そういうやつだろ?」

「ああ。イタコなんかが使う術なんだけど、僕達は先生の提案でその口寄せを逆に利用する事でここへ来たんだ」

「それなら俺もメモで読んだ。わざと間違ったやり方でここへ来たって」

「結果は見ての通りさ。ただ"死逢わせ"で特定の霊を呼び寄せるにはその霊に関係する何か……例えば名前とか、そういう物が必要なんだ。だから先生は天神町に伝わる"幸せのサチコさん"のおまじないを取り入れて、ああいう形で儀式を行ったんだ」

「それが俺達がやった"おまじない"って訳か」

「そうだと思う。でもどうして君達がそれを……。"死逢わせ"の都市伝説自体、今じゃほとんど知られていないはずなのに」

ブン太は少し考えて、それからため息をついて首を振った。

元々例のおまじないを言い出したのはユキで、彼女は友達からそれを教えられたと言っていたが、その友達は不動峰の部長の妹・橘杏ではないかと仁王は推測した。

杏についてはほとんど知らないので何も言えないが、そんなマニアックなオカルト情報を知っている程、物知りなのだろうか。

第一、ユキは例のおまじないを"一生の友情を誓い合うおまじないだ"と言っていた。

死逢わせは勿論、幸せのサチコさんについてもそんな事は一言も書いていなかった。

「……そういや仁王が何か言ってたな。誰かに仕組まれたんじゃないかって」

「どうかしたのかい?」

「いや、別に」

ブン太は首を振ってから田久地と共に教室を出て廊下を歩き始めた。

「そういや、俺でっかいハンマー持った奴に襲われて友達とはぐれたんだけど、あれって何なんだ?つーか本当に人間なのか?」

「ああ、僕も一度会ったけど目の前で人が殺されてしまって……。でもあの顔……似ている気がするんだ」

「似てるって誰に?」

「校長だよ。この天神小学校の。資料館で写真を見たんだ。少し人相は変わっていたけど、柳堀隆峰校長じゃないかな……」

「そいつ殺人事件の犯人じゃないかって疑われてた奴だろ?」

「ああ。温厚な人物で児童達からも慕われていたようだけど、何と言うか……所謂裏の顔を持つ人物で家庭内暴力とかもあったらしい」

「まあ見ただけでヤバそうな奴だったけど。裏の顔なんて誰にもわからねえし」

会話をしながら廊下を歩いていた二人は、つきあたりにある扉を見て足を止めた。

「あれ?ここって確か行き止まりだったはずじゃ……」

「渡り廊下がある。向こうに校舎も。もしかして仁王あっちの校舎に向かったのか?」

「ど、どうしようか。向こうの校舎を調べるか、もう少しここで……」

そう田久地が言い掛けた時だった。

急に上からお手玉が降って来てブン太の足元に転がった。

驚いて天井を見上げると、片目のないおさげの少女がこちらをじっと見つめていた。

「うわああああ!!」

二人同時に悲鳴を上げて無我夢中で扉を開け渡り廊下を突っ走る。

そのまま別館へと飛び込み、ブン太は慌てて玄関の扉を閉めた。

するとそこに「誰かいるのか?」という声と共に一人の少年が姿を現した。

「お前……!」

「何や、やっぱりここに居ったんか。相変わらず騒がしいやっちゃ」

「忍足!?お前、なんでここに?」

「……知り合いかい?」

「まあライバルっちゅう事で。俺は氷帝学園3年の忍足侑士いいます。よろしゅう」

自己紹介を済ませてから忍足は二人にここへ来た経緯を説明した。

「え?不動峰の奴らもここにいるのか!?」

「何や、知らんかったんか。体育館であいつらに会うて、真田達が別館に向かったちゅうからこっちに来たんや。その様子じゃ真田達とも会うてへんみたいやな」

忍足は一通り説明するとブン太、田久地と共に別館の探索へと戻った。

「……なあ忍足。さっきの話本当なのか?」

「信じられへんか?まあ無理ないわ」

「僕も一つ聞きたい事があるんだ。"死逢わせ"を利用した儀式がネット上に上がってたって本当なのかい?」

田久地の言葉に忍足は頷いて言った。

「ほんまです。冴之木七星っちゅう女子高生のブログに書いてあったんを橘の妹が見て、それをユキに教えたんや。皆が幸せになれるおまじないって書いてありましたわ」

「ど、どうしてそんな事が七星ちゃんのブログに?そんな事をしたら犠牲者はもっと増える……!」

「それが目的なんや。犠牲者をどんどん増やして取材を成功させる。鬼碑忌っちゅう先生はよっぽど好かれとるんやな」

「!」

田久地は驚愕の表情を浮かべて立ち止まった。

「七星ちゃんがそんな事を……?確かに彼女は一途でちょっと思い込みの激しい所はあるけど、そんな酷い事をするような子じゃ……」

「思い当たる事はないと?」

「そ、それは……」

「……これは跡部の推測やけど、たぶんその七星っちゅう子に黙ってここに来たんが原因やと思います」

「え?どういう意味だい?」

「今回の取材は危険やから高校生の彼女を置いて来たんやろ?せやけど彼女の方は自分が邪魔やから先生は黙って取材に行った思てるんや」

「何だって?邪魔ってそんなつもりは……」

忍足は頷いてからまた歩き始めた。

その後にブン太と田久地も続く。

「少し調べただけやけど、七星っちゅう子は結構有名やったそうですね」

「あ、ああ。少し前からラジオ番組などにも出演してるから、若い子の間では特に有名なんじゃないかな」

「鬼碑忌っちゅう先生も一時期はかなり有名やったけど、ここ数年ぱったり聞かん名や」

「それは……」

「半年前、七星っちゅう子の作品が最優秀賞に選ばれて、色んな所から声が掛かったそうやないですか」

「っ……」

忍足の見透かしたような目を見て、田久地は諦めたように口を開いた。

「君の言う通り、七星ちゃんは天才だよ。僕も彼女の作品を読んだ事があるけど本当に素晴らしいと思った。彼女にはそれだけの才能がある」

「……」

「そして半年前、七星ちゃんの作品は最優秀賞に選ばれて、鬼碑忌先生の作品は落選した。……でもそれは誰のせいでもない。先生だって確かにショックは受けてたけど、それ以上に七星ちゃんの功績を喜んでいたんだ」

「せやろな。じゃなきゃ雑誌の記事にあんな事書かへんもんな」

「先生の記事を読んだ事があるのかい?」

忍足が頷くと田久地は少しほっとして話を続けた。

「先生はここ数年スランプに陥っていて昔のような作品が書けなくなっていた。七星ちゃんの前では普段通りに生活してたけど、本当はとても悩んでたんだ。今回の取材で起死回生になるとそう信じるしかないくらいに追い詰められて……。正直成功する確率は低かった」

「……」

「先生の知名度も一時期に比べるとぐっと落ちた事は認めるよ。だけど僕も七星ちゃんも先生のファンで、先生ならきっと立ち直ってくれるとそう信じてる。先生も一度は折ろうとした筆をもう一度取ると決心してここへ来たんだ」

「せやから彼女の事は怨んでへんっちゅう訳か」

「勿論だよ!むしろひた向きに頑張る七星ちゃんを見てると勇気をもらえるって先生はいつもそう言ってた。なのに……七星ちゃんがそんなに悩んでたなんて……」

「人の気持ちは見えへんから……。せやけどこのまま放っといたらどんどん犠牲者は増えるで」

「ああ、わかってる。早く先生と合流して戻らないと」

田久地は頷くとカメラを持ち直して先を急いだ。


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