第十一章 死生

「何なんだよ、あいつ……もういないよな?」

本棚の陰に隠れながらブン太は廊下の様子を窺った。

ハンマー男から逃げている途中で子供の幽霊に襲われ、どうにか逃げ切ったがユキ達とはぐれてしまったのだ。

階段を下りて二階の廊下を歩いていると、ふと教室の方からカメラのシャッター音が聞こえた。

近くの教室を覗き込むと、机の側に一人の男性が立っていた。

彼は持っているカメラで窓際に座り込む男子生徒を撮影している。

「あ、あんた何やってんだよ。そ、それ……」

「!」

ブン太に気づいた男性が後ろを振り返るのと同時に、ブン太は尻餅をついて後ずさった。

怯えるブン太の様子を見て男性は慌てて口を開いた。

「ち、違う!これは警察に提出する為の写真を撮っていただけで……っ」

「警察って……」

男性は気持ちを落ち着けるように深呼吸してから窓際に座り込む遺体に目をやった。

「ここに来てから子供の遺体を幾つも見て来たけど、誰にも発見されないまま白骨化している遺体もあった。身元がわからない遺体もたくさんあったよ。全国の行方不明者の何割かはきっとここで……」

「……」

「だからせめて身元がわかりそうな遺体は写真を撮って、ここを出たら警察に提出しようと思ってたんだ。……家族はきっと今もこの子達を捜してるだろうから」

「あ……」

そこでようやくブン太も落ち着きを取り戻して立ち上がった。

男性の言う通り、ここにはたくさんの遺体が眠っている。

ここで死んだ人間がどうなるのかはわからないが、もしそのまま行方不明になっているとしたら、死んだという事実さえ彼らの家族には伝わらないだろう。

どこかで生きていると信じて、家族はきっと捜し続けるはずだ。

「そっか……そうだよな。ここじゃ誰にも……」

自分達がここにいる事を家族は知らない。

もし自分がこのまま行方不明になれば、家族はずっと不安を抱えたまま捜し続ける事になる。

そして自分もまた誰にも見つけられず、永遠に暗闇を彷徨い続けるのだ。

「っ……」

ブン太はぞっとして自分の両腕をさすった。

「あ、自己紹介が遅れたね。僕は田久地将五(たぐちしょうご)。見ての通りカメラマンさ。まあ個展を開くような芸術家タイプじゃないけど。ここには取材で来たんだけど一緒に来た先生とはぐれてしまって弱ってたんだ」

「取材?」

それを聞いてブン太は用務員室で見つけたメモの内容を思い出した。

「あ!あのメモに書いてあった!」

「?」

訝しげな顔をする田久地に事情を説明すると、彼は鬼碑忌が無事だった事を知って安堵の表情を浮かべた。

「あんたは取材でここへ来たって言ってたよな?鬼碑忌って人のメモに失踪事件を調べる為に来たって書いてあったけど……」

「ああ。昭和28年に起きた女子児童失踪事件。当時この天神小学校に通っていた少女、篠崎サチコが行方不明になって未だに発見されていない事件だ」

「その事件とおまじないって何か関係があるのか?」

「七星ちゃん……鬼碑忌先生のお弟子さんなんだけど、元は彼女が持って来た話なんだ。東北を中心とした都市伝説で、"死逢わせ"という儀式があって……」

「死逢わせ?」

「その名の通り、この儀式をすると死んだ人に逢えるって言う都市伝説さ。人型に切り取った紙……陰陽なんかで使われる形代(かたしろ)って言うんだけど、それを破って死者に逢いたいと願うとその人の霊が降りて来て逢えるんだって」

「それって……」

「だけど破った形代を失くしたり汚したりすると、呼び出した死者の魂が成仏できなくなって自分の魂も一緒に連れて行かれてしまうんだ。だから最後はちゃんと破った形代を一つの人形に戻すんだ」

田久地の話を聞いてブン太は仁王が言っていた"逆打ち"の事を思い出した。

鬼碑忌のメモに書かれていたあの儀式は、これを意味していたのか。

「ん?ちょっと待てよ。死逢わせってもしかして……あのおまじないの"幸せのサチコさん"って……」

「どうしたんだい?」

ブン太は血の気の引いた顔で田久地に詰め寄った。

「まさか"幸せのサチコさん"の"しあわせ"ってそういう意味なのか!?友達とずっと一緒にいられるおまじないだってユキは言ってたけど、一緒にいられるってあの世で一緒にいられるとか、そういう意味なのか!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。おまじないって……"幸せのサチコさん"の事かい?」

「ああ、そうだよ。俺達はあのおまじないをやってここに迷い込んだんだ」

「おまじないで?それは……どういう意味だい?」

「意味も何も、それだけだよ。一生の友情を誓い合うおまじないだって、でもその方法を間違えたからここに……」

ブン太の説明に田久地は益々訳がわからなくなった。

「確かに"幸せのサチコさん"は当時天神小学校で流行っていた噂を元にした"おまじない"だけど、さっき言った"死逢わせ"の都市伝説とは何も関係ないよ。あの都市伝説は東北の山村から伝わった話が元になっていて、そもそも最初は形代じゃなくて家だったからね」

「家?」

「ああ、東北のある山奥に"死者に逢える家"があるらしい。今は廃屋になってるけど昔はとても大きな神社だったって話さ。だから天神町に伝わる"幸せのサチコさん"とは無関係だよ。それにあのおまじないは別に呪術的なものでもないし、よくある学校の七不思議みたいな話だからね」

「七不思議?あれが?」

ブン太にはとても信じられなかったが田久地が嘘をついているようには見えない。

そこでブン太がおまじないで使った人形の切れ端を見せると、今度は田久地が驚きの表情を浮かべた。

「それは"死逢わせ"の切れ端か?どうして君がそれを?」

「だから何度も言ってんじゃんか。俺達はあの"おまじない"をやってここに来たって」

「……」

田久地はしばし考えた後、背中に背負ったリュックサックから一冊のノートを取り出してブン太に見せた。

「これは先生から預かってる資料だけど、ほらここに書いてあるだろ?"幸せのサチコさん"について」

ブン太がノートを覗き込むと、そこには驚くべき内容が記されていた。

"幸せのサチコさん"は天神町(現在は取り壊された天神小学校)を発祥地とする噂。

モデルとなった篠崎サチコは昭和28年の女子児童失踪事件の被害者。

失踪後、校内で度々サチコの目撃証言が上がり、サチコは既に死んでいて幽霊として学校を彷徨っているという噂が立つ。

校内でサチコの霊に会うと願いが叶う、良い事が起きるなど座敷童的な要素を含み現在に至る。

なお現在のおまじないは以下の通り。

・階段の踊り場にある姿見でサチコさんを呼ぶと願いが叶う。

・零時丁度に鏡に向かって"サチコさんお願いします"と呪文を唱えると願いが叶う。

・女子トイレの一番奥の個室を3回ノックしてサチコさんを呼ぶとあの世へ連れて行かれる。(2回ノックしてサチコさんを呼ぶと好きな人と結ばれる)

昭和44年に起きた連続児童誘拐殺人事件で天神小学校は閉鎖されたが、事件は未解決のまま迷宮入りとなった。

当時天神小学校では旧校舎の取り壊しが行われていたが、遺体発見時はまだ存在していた。

昭和28年に起きた養護教諭の事故死についてだが、被害者の篠崎ヨシヱはサチコの母親と判明。

七星君の口寄せによれば、篠崎ヨシヱの死は事故死ではなく他殺。

娘のサチコが殺害現場を目撃した可能性が浮上。

口封じの為に殺害されたのか?

昭和44年の惨殺事件についても調査の必要有り。

同一人物の犯行であれば、当時の校長柳堀隆峰の犯行の可能性が高い。

次回作について、学校の七不思議を元にした怪奇小説に決定した。

取材は8月〜9月の予定。

天神町の資料館及び、例の"死逢わせ"を利用した天神小学校の取材を予定している。

これが成功すれば次回作は勿論、死後の世界の証明という大きな発見となるだろう。

なお"死逢わせ"についてはまだ情報不足の為、今後も調査を続ける。

場合によっては危険を伴う為、七星君の同行は考え直す必要有り。


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