第六章 転遷

「赤也!!」

天井の梁から伸びる太いロープが首に巻きつき、赤也は首吊り状態でもがき苦しんでいた。

「どうしてっ……嘘、なんで?赤也!!」

パニックになりながら必死で首のロープに手を伸ばすものの、ユキの身長では全く手が届かない。

足場になりそうな物を探しても、ここは便所だ。

教室のように机や椅子が置いてある訳ではない。

「どうしたらいいの!?っ……赤也!!」

ユキは廊下に出て精一杯の大声で助けを求めた。

もしかしたら校舎のどこかにいる幸村に聞こえるかもしれない。

だがすぐに首を振って便所の中に駆け戻った。

たとえこの声が幸村に届いていたとしても、助けが来るのを待っていては赤也の息が持たない。

そもそもこのまま赤也が暴れ続ければ、体重で首の骨が折れてしまうかもしれない。

「とにかく何か足場を作らないとっ……」

まず最初に思いついたのは自分が赤也を肩車する事だった。

自分より大きい赤也を背負うのはかなり厳しいが不可能な事ではない。

だがすぐにその方法を諦めた。

肩車をしていたらロープを解く事ができないし、どの道このままでは窒息死してしまう。

やはり呼吸を確保するには首を吊っているロープをどうにかするしかない。

「落ち着いて。焦っちゃダメ!」

自分に言い聞かせながらユキは必死で頭を働かせた。

目につくものと言えば、首吊り状態の赤也と床に散らばった木片などのゴミや埃、そして老朽化した壁と床だ。

自分が持っている物と言えば、おまじないの切れ端が入った学生手帳とハンカチくらい。

この中で使えそうな物は……。

「!」

ある事を閃いたユキはポケットの中の物を全て床に捨てて制服を脱ぎ始めた。

立海の制服であるジャンパースカートを脱いでそれを老朽化した壁の穴に詰め込む。

反対側の個室に入り、穴から引っ張り出したスカートに拾った木の棒を挟んで結びつける。

これで棒がストッパーの役目を果たし、赤也がいる個室からスカートを引っ張っても取れないはずだ。

ユキは急いで元の個室に戻るとジャンパースカートの肩の部分を引っ張って同じように向かいの壁の穴に詰め込もうとした。

だがスカートだけでは長さが足りず、ユキはネクタイを脱ぎ捨て残ったシャツも迷わず脱いだ。

ジャンパースカートの肩紐にシャツを通し、壁の穴からシャツを引っ張り出してネクタイと一緒に木の棒を挟んで結びつけた。

かなり簡易的だがこれで"ハンモック"の完成だ。

「赤也!!」

暴れる赤也の体を制服で作ったハンモックの上に乗せると、僅かだが首とロープの間に隙間ができた。

「っ……」

「赤也、しっかりして!!」

木の棒とネクタイで補強した甲斐あって、制服ハンモックは赤也が乗ってもしばらくは大丈夫そうだった。

しかしこれでもまだロープの結び目には手が届かない。

残る手段はただ一つ。

個室の壁によじ登ってロープを切るのだ。

壁と天井の間には大人一人分くらいの隙間があるので、そこまで辿り着ければロープを切る事ができる。

幸いここには割れた鏡の破片も散らばっているので、それを使えば何とかロープを切れるだろう。

問題はどうやって壁をよじ登るかだ。

ハンモックは赤也一人の体重を支えるのがやっとで、これ以上負担を掛ければ間違いなく破れるだろう。

だがさすがにこの高さではジャンプしてもよじ登る事はできない。

「他に使えそうな物は……っ」

ランジェリー姿のままユキは必死で辺りを見回した。

今この場で赤也を救えるのは自分しかいない。

どれだけ絶望的な状況だったとしても自分が諦めれば、そこで全てが終わってしまうのだ。

魔法が使えなくても、腕力や体力がなくても、親友を救う術は必ずあるはず。

「足場……これなら!」

ユキは履いていたローファーを脱ぐと、それを裏返しにして壁の穴に突っ込んだ。

ヒールは少し高めだが踵部分は非常に丈夫な素材でできている。

これを足場にすれば壁の天辺に手が届くかもしれない。

両方の靴を壁の穴にしっかり固定して、ユキは鏡の破片を口に咥えて覚悟を決めた。

老朽化した壁ではそう何度も衝撃を受け止める事はできないだろう。

チャンスは一度きり……失敗すれば赤也の命はない。

「!」

ユキはスマッシュを打つ時のように無心で靴を足場にして高くジャンプした。

天井の梁に激突するくらいの勢いで飛び、個室の壁にしがみつく。

「っ……」

壁が嫌な音を立てて軋むが、華奢な女子中学生一人を支える事はできた。

ユキは鏡の破片を手にすると慎重にロープを切った。

半分程切れた所でロープが赤也の体重を支え切れなくなり、赤也はハンモックごと床に落ちた。

「赤也!!」

慌てて壁から飛び降りて赤也に駆け寄る。

赤也は苦しそうに咳き込んでいたが、徐々に呼吸を取り戻していた。

「っ……くっそ、マジで死ぬかと思った……げほっ」

「赤也……っ」

喉をさすりながら顔を上げた赤也は、泣いているユキを見て仰天した。

「お、おい、どうしたんだよ。何泣いてんだ?」

「っ……バカ!」

生きて言葉を交わす赤也を見てユキはただ泣きじゃくった。

もう少しで大切な親友を失う所だったのだ。

もう二度と言葉を交わす事も、温もりを感じる事もなかったのだ。

「すごく怖かったんだから!赤也を……助けられなかったらどうしようって……っ本当に怖くて……っ」

「わ、悪かったって!そっか……お前が俺を……。ありがとな、ユキ」

「っ……」

ユキは泣きながら何度も頷く。

赤也を救えた事への安心感と親友を失うかもしれない恐怖心とで頭が混乱している。

「お、おい、もう泣くなよ。俺が悪かったって。あいつに襲われて、お前の所に戻ろうとしたんだけど…」

「っ……あいつって?」

ようやく少し落ち着きを取り戻したユキが尋ねる。

「でっかいハンマー持った気持ち悪い男だよ」

「何それ?そんな人がここにいたの?」

「お前をあの穴に突き落とした奴だよ。その後あいつあの穴を飛び越えて俺のこと追って来たから、お前を助けられなくて……」

悔しそうに赤也は唇を噛み締める。

ユキを置いて逃げ出した自分自身の無力さが許せないのだろう。

「私、突き落とされたの?てっきり足を滑らせて落ちたのかと思ってたけど……」

「頭殴られてただろ。大丈夫なのか?見た感じ、たんこぶはできてねえみたいだけど」

「そう言えば何かに頭をぶつけたような気がするけど……大丈夫だよ。たぶん足が滑って落っこちたからあんまり殴られなかったのかも」

「まあ怪我してなけりゃいいんだけど……」

そこまで言い掛けて赤也は突然目を見開いて叫び声を上げた。

「え?何?どうしたの!?」

今度は何が起きたのかとユキは慌てて辺りを見回すが特に変化は見当たらない。

だが赤也は片腕で顔を隠しながら後ずさりしていた。

「お、おまっ……なんで裸なんだよ!!つーか、何その恰好で普通に喋ってんだよ!!」

「え……」

そこでユキは制服を脱いでしまった事を思い出したが、赤也程慌てたりはしなかった。

確かに下着姿を誰かに見られるのは恥ずかしいが、先程あんな事があったばかりなのでさほど気にならない。

赤也の下敷きになっている制服はもう着られないだろうが……。

「仕方ないじゃない。他に何も持ってなかったんだもん。それより本当にもう大丈夫なの?首、痛くなったりしてない?」

「へ、平気だって!とにかく早く服着ろよ!」

「制服ならそこにあるよ。赤也のお尻の下」

「は?」

赤也は自分の下敷きになっているシャツに気づいてすぐにその場を離れるが、制服はボロボロで着られる状態ではなかった。

ジャンパースカートは完全に切り裂かれてただの端切れと化しているし、シャツに至ってはもはや雑巾にしか見えない。

ボタンも幾つか飛び散って右袖はほとんど取れ掛けている。

9月とは言えまだ残暑が続いているのでスリップ姿でもさほど寒さは感じないが、この学校にいるとそういう感覚は薄れてしまう気がする。

「今日は少し厚めの下着着てるから大丈夫だよ。裾短いから……あんまりお尻は見ないでね」

「そういう問題じゃねえっつの!もういいから、俺のシャツでも着てろよ」

「それじゃ赤也が裸になっちゃうじゃない」

「お前がその恰好でうろついてるよりマシだろ」

「別にいいよ、このままで。赤也のシャツ着たって大き過ぎてぶかぶかだし。たぶん長さもあまり変わらないだろうし」

ユキはそう言って下着についた埃を払って立ち上がった。

座り込んだままの赤也は下から覗き込む形になってしまい、慌てて立ち上がり便所を後にした。


→To Be Continued.

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